第18話:帰り道

「私、紅哉さんの事、ちっともこわくないですよ」


その言葉を聞いて、安堵する自分がどこかに居た。畏怖も嫉妬も、負の感情には慣れていたはずなのに、彼女のその言葉で心が少しだけ軽くなった気がした。


(まるで否定してほしかったみたいだな…)


甘える子供がそうするように、自分を肯定してもらいたい為の、自虐的な言葉。そういうつもりではない。しかし、結果的にそういうものになってしまった。

4歳の頃から知っている、このあどけない少女に慰められたのだ。


「そうか」


気の利いた言葉が出てこない自分に少し苛立ちを覚えたが、彼女は満足そうに微笑んだ。


「俺の母は兄に殺された。そして、我を忘れた俺は兄を殺していた」


気が付いたらそう零れていた。自分から話すつもりは毛頭なかったのにもかかわらず、だ。一瞬驚いたように彼女が目を見張る。そして柔和な表情になり「はい」と一言頷いて見せた。そこで気づく、あぁ、自分は話を聞いてもらいたかったのだな、と。

淡々と溢れ、零れる言葉に彼女は耳を傾けてくれる。話の内容は殺伐としているのに、少しづつ心のつっかえが取れていくような気がした。


==========


「俺の母は兄に殺された。そして、我を忘れた俺は兄を殺していた」

「はい」

そう淡々紡がれる紅哉の言葉に梓は頷くしかできなかった。

「兄と俺は腹違いの兄弟で、二歳差。寿命が長い吸血鬼にとっては二歳なんて同じ年のようなものだ。俺達はそれなりに仲良く付き合っていた。母親同士は仲が悪かったが、たまに隠れて会って遊んだりもした。そんな兄が変わったのは15歳を過ぎてからだった。

あまりよく知られてはいないが、赤の当主は代々赤の名前を受け継ぐ。“丹”と言うのも父が先代の当主に付けてもらったものだ。本当の名は別にあったが、当主となる時に名前が変わる。

それを兄が知ったのが15歳の時だった」

「赤色なら何でもいいの? たとえば、ハ、ハイビスカス…とか?」

赤と聞いて、それしか思い浮かばなかった自分が恥ずかしい。そんな梓に紅哉は呆れたような溜息をつく。

「…ハイビスカスなんて当主はひょうきん過ぎるだろう。大体、白も黄色もあるだろうが」

「はい、ごめんなさい」

話の腰を折ってしまった。梓は反省するように項垂れる。

「色、そうだな…代表的なものは、『朱』『緋』『紅』『茜』『丹』。その漢字が名前の中に組み込まれやすい。勿論『赤』というのもある」

「じゃぁ、紅哉さんの『紅』って字もそれだったり! あ、でも、当主になってから変わるんでしたよね?」

梓はそう言って、はははと笑って見せる。冗談として言ったつもりだった。しかし、

「…察しが良いな。俺は先祖返りの赤い瞳を持って生まれた時点で、次期当主に内定していた。吸血鬼は力の有無、強弱によって上が変わる」

「嘘っ! 紅哉さんが当主…」

「今は違うがな…。俺はその事を知って嫉妬に狂った兄に母親を殺され、それに狂った俺が兄を殺した。まだ13歳だった俺は吸血鬼として目覚めてはいなかったが、俺の右手は兄の心臓を貫いていた」

「………」

梓は紅哉にかける言葉が見つからなかった。右手を見つめる彼は、何処か悲しむことさえも諦めてそうで、切なくなる。そんな彼女に気づいてか、紅哉は少し声色を変えた。

「吸血鬼は基本的に20歳前後で目覚めるんだ。それまでは普通の人間と区別がつかない。そして、20歳前後を皮切りに人間のままでいるもの、吸血鬼として目覚めるものとに分かれる。基本的に吸血鬼同士の間に生まれた者は吸血鬼だがな。まぁ、両親の血の濃さによっては例外もいる。そしてそのまま血の濃い者から順にA~Eまでのランク付けをされる」

「A~E…。もしかして、Fって…」

「あぁ、吸血鬼として目覚めたが、理性が保てない者。何らかの理由で理性が保てなくなった者。そういった者達をFランクとしている そしてそのFランクは大体処分の対象だ」

「…かわいそう」

気が付いた時にはそう漏らしていた。

漏らしてからハッと気づく、そのFを処分しているのが彼なのだと。もしかしたら紅哉を中傷した様に聞こえたかもしれない。梓がそう思い、おずおずと彼の顔をのぞき見ると、彼はいつもと変わらない顔で「そうだな」とつぶやいていた。


そして、そのままお互い特に話すことも無く、帰路についた。


梓は自分の護衛が明日から誰になるのか少し気がかりになったが、自分の事をあまり好いてない様子の紅哉からして、明日になったら護衛は壱になっているのだろうと、そう勝手に結論付けた。梓が怖がっていると理由付すれば、丹からの承諾も得られるのだろうから。


(私と話してても紅哉さん全然楽しそうじゃないしな)


就寝前、梓はベットに入ってそんな事を思う。結局、仲良くなるために企画した外出だったが、好奇心に動かされて紅哉の過去の事を掘り返しただけの一日だった。結果としては、最悪だ。


(でも最後、少しだけ、紅哉さんに近づけた気がしたなぁ)


『俺の母は兄に殺された。そして、我を忘れた俺は兄を殺していた』

そう自ら告白してきた彼を梓は少しだけ近く感じた。話の内容より、その事の方が嬉しかった。


瞼が重い。ゆっくりと落ちていく意識の中で、明日部屋に来るのが紅哉だったら少し嬉しい、とそんな事を思った。



しかし、次の日。

「おはようございます。梓。今日は私が梓の護衛しますね!」

「あ、うん。よろしくね、壱」

身支度を整えた梓の前に現れたのは、機嫌がよさそうな壱だった。

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