第17話:すれ違う言葉

なぜ紅哉があのように化け物扱いを受けているのか?


紅哉は血を吸わないというのは本当なのか?


兄を殺したとはどういう事なのか?


そもそもアカオニとは本当に紅哉の事なのか?


様々な疑問と八百屋の店主の言葉が梓の頭の中を駆け廻る。

しかし、どれも簡単に踏み入ってはいけない領域のようで、口に出すのは躊躇われた。

質問をしたい。と言った梓を待つように紅哉はこちらを見据えている。

「とりあえずこれ食べてからお話したらどう?」

真剣な雰囲気に割り込んできたのはタケルだった。お盆の上には二人分のサンドイッチとコーンスープが乗っていた。それを丁寧に机の上に乗せていく。

「梓ちゃん注文どころの雰囲気じゃなかったからね。こっちでおすすめ用意してみたの。コウちゃんも一緒のやつと…、あと、これね」

いちごがタケルの後ろから持ってきたのは大きなパフェ、二つ。それをタケルは受け取り、紅哉の目の前に置いた。

「はい。いつもの。チョコソースはかけとく?」

「いい」

紅哉と梓の間に巨大なパフェの壁が出来る。それを目の前にした梓は頭が真っ白になった。紅哉とパフェ。なんだかとっても似合わない。

「もしかして…紅哉さんって甘党なんですか?」

「…嫌いじゃない」

「甘党なんですね」

紅哉はぶすっと不機嫌な顔つきになるが、そのまま否定はせずにいただきますと手を合わせた。そして、パフェを無表情のまま口に運ぶ。その光景がなんだか可笑しかった。

美味しそうな巨大なパフェを、美味しくなさそうに無表情でもくもくと食べる大の男。

「ぶはっ! あははっ!」

「………」

噴き出してしまった梓を紅哉はスプーンを止めてじっとりと睨みつける。今までで一番不機嫌な表情だったかもしれない。しかし、隣にあるパフェも相まってか、梓には全く怖く感じなかった。

「ごめんなさい! 笑うつもりなかったんだけどっ!」

「そう言いながら笑うのはどうかと思うぞ」

「ほんとごめんなさい! なんというか、可笑しくて! しかも、二つも食べるのね」

「…俺は血を吸わないからな。人よりは多少大食いだ」

紅哉の方から核心に触れてきた。淡々と告げられるその言葉を梓は必死に呑み込んだ。

「紅哉さんは血飲まないって本当なんですね?」

「あぁ。あの店主が言った事は全部本当の事だ」

「じゃぁっ!」

お兄さんを殺したという事も? そう聞きそうになって、梓は言いよどむ。そうではないと思いたかったし、もし本当にそうだとしても、自分の言葉で梓は紅哉を傷つけたくなかったからだ。

その心を知ってか知らずか、紅哉はゆっくりと口を開いた。

「あの店主が言っていた“アカオニ”は俺の事だし、俺が兄を殺したのも事実だ」

「………」

紅哉はそれ以上は言う事も無いというように、また黙々とパフェを食べ始める。その姿を見ても、梓はもう笑う気になれず、冷めきった珈琲とサンドイッチをそっと口にした。


==========


カランカランとドアベルが鳴る。夕方、紅哉と梓の二人はスミダ珈琲店を後にした。

夕日がまぶしい帰り道。二人は無言だった。あれから一言もお互いに話していない。その沈黙を最初に破ったのは紅哉だった。

「明日から俺が護衛を抜けれるように、当主には話をしておこう」

「え?」

「一週間前と同じようになるだけだ。壱がお前の傍につく。まぁ、恐らく当主からは、護衛を抜けても念の為、同じ建物の中には居ろと言われるだろうが、それくらいは我慢してくれ」

「え? え? 紅哉さん何の話をしてるんですか?」

「明日からお前の護衛は俺じゃなく、壱がやると言ってるんだ」

不機嫌そうにそう告げられて、なぜそんな話になっているのか梓は混乱してしまう。

「な、なんでそうなるんですか?」

「…不満なのか? 昴の方が良かったか?」

「いや、そういう話じゃなくて、なんで紅哉さんじゃなくなるんですか?」

そこまで聞いて、はたと気づく。そう言えば紅哉は自分の事を嫌っているのだと。

隣を歩きたくないぐらいに嫌っている奴に、甘党だと笑われ、過去の事までほじくり返され。正直いい気などするはずがない。

つまりは三行半を突き付けられたのだ。結婚しているわけではないのだが、梓はそんな気分になった。

「ごめんなさい」

「何故お前が謝るんだ? それが自然な反応だ。今までお前が鈍くて大丈夫だったからと安心しきっていた俺も悪かった」

「え?」

なんだか会話が噛み合っていない気がする。首をかしげている梓を尻目に紅哉はたんたんと話を続ける

「出来るだけ屋敷内でも会わないように心掛けよう。まぁ、同じ屋敷内だからすれ違うこともあるだろうが、その時は許してくれ」

「私そんなに嫌われてるんですか? 屋敷の中でも会いたくないって!」

「は?」

今度は紅哉が首をかしげる番だった。

「なんでそうなるんだ。お前が俺のことを怖がっていんだろう?」

「へ? 紅哉さんが私の事嫌ってるからもう護衛したくないって話ですよね?」

「………」

「………」

短い沈黙が訪れる。お互いに顔を見合わせたまま固まってしまった。

「話を整理しよう。お前は俺の事を怖がってる、で、間違いはないな?」

「間違ってますよ! なんでそうなるんですか!? 紅哉さんのどこを怖がれっていうんですか? パフェ二つ、目の前で平らげた人の台詞ですかソレ!」

梓は捲し立てるように叫んだ。紅哉はその勢いに圧倒されてしまう。

「目が赤いのは気にならないのか?」

「綺麗だなっておもいますけど?」

「…街ではアカオニと呼ばれているが?」

「血を飲まないとか、とても健全な吸血鬼ですね!」

「兄を殺…」

「それは追々理由を聞こうと思ってました!」

「………」

「もしかして、私が紅哉さんの事怖がってると思って、護衛を壱に戻すみたいな話してました?」

「最初からそう言ってるつもりだったが?」

わけが分からない事を言うな、とでも言いたそうな紅哉の態度に、梓はポカンと口を開けて呆れてしまう。それと同時に、彼は人を遠ざける事が得意な人なんだなと感じていた。いつもと変わらぬ仏頂面で『俺が怖ないなら、立ち去ろう』と言える人なのだな、と。

それはそれだけ場数をこなしているという事で、それはとても寂しい事実だった。


「私、紅哉さんの事、ちっともこわくないですよ」


梓は力強くそう言った。

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