第14話:外出
「あ? コウ、もしかして浮かれてる? 梓ちゃんとのデートだもんね」
「………」
朝、屋敷の一室で身支度をしていた紅哉を覗き込んだのはニタリ顔の昴。気配無く部屋に入り、近づいた彼に紅哉は一瞬びっくりさせられたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。そして、その顔に一発手刀を降ろす。ガッといい音がした。
「お前は おはよう ぐらいまともに言ったらどうなんだ?」
げんなりした顔でそう告げると、鼻の頭を擦りながら昴はまだ機嫌がよさそうだった。
「いきなりは酷いよコウ。痛いし」
「痛くしたんだ。当たり前のことを言うな」
「それにしても、コウもだいぶ此処の生活に慣れたね。一週間経ったけど、どう? 梓ちゃんとは仲良くできてる?」
その昴の言葉に紅哉は1週間前の出来事を思い出す。
梓と丹の対決(?)で、梓が信二の無罪放免を勝ち取ったあの日、梓を屋敷に連れ帰った紅哉の目に飛び込んできたのは、梓が居ない事に取り乱した壱と昴の姿だった。事の顛末を告げ、紅哉も護衛に加わると言う旨の話をしていた時の壱の嫌そうな顔と、
「女性の護衛に男を付けるなんて丹様も何をお考えなのか!」
と憤る声が今でも鮮明に思い出される。
「コウ、どうなの?」
紅哉がボーとしているように見えたのだろう。昴は『仲良くしているのか?』の応えを促してきた。
紅哉も逡巡。そして出てきたのが。
「…あぁ、問題ない」
この一言だった。
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「紅哉さんって手ごわい」
朝、身支度を終えた梓は鏡に向かって呟いた。その表情はどことなくぐったりしてる。
そして、その後ろには椅子に座り、少し不機嫌そうに口を尖らせている壱の姿があった。
「そもそもあの仏頂面男と梓が仲良くしなくてもいいんじゃないですか?」
「そういう訳にもいかないよー。日中はずっと一緒なんだよ?」
「そうですが…」
この一週間、梓の傍には常に紅哉が居た。朝、起床してから床につくまで、お風呂と寝る時以外はずっと一緒。そしてその間、梓と紅哉の間に会話は殆ど無かった。
梓から紅哉に話すことはあっても、紅哉からは話さない。梓が走ったり料理をしていてもただ黙って見守るだけ。そんな状態だった。とても『仲良く』しているとは言えない。
「四六時中、無言でじっと見つめられるだけなんだよ! 壱だったら耐えれる?」
「まぁ、耐え難い物ではありますね」
「よね? 壱とみたいに話せたらまた違うんだろうけど…。ホント何とかしないと、胃に穴が開く」
紅哉との時間が苦痛な分、壱と過ごすお風呂と就寝時は梓にとって天国になりつつあった。女同士という事もあり、話しやすさは格段に違う。そうして砕けて接しているうちに壱と梓の関係も微妙に変わっていった。そして今では、お互いを呼び捨てで呼び、友達のような関係になっていた。
「私が日中も梓の傍にいれればいいのですが、丹様の決定なので…」
「壱、ありがとう。私もこの状況を打開するように頑張ってみるつもり! 応援してて!」
梓は拳を高く振り上げる。やる気満々だ。
「題して、“紅哉さんとおはなし大作戦”よ!」
「そのまんまですね。それにしても、梓も思い切ったことをしますね。紅哉さんと外出なんて」
「状況が変わったら会話する糸口が見つかるかもしれないしね! それにこの街も見て見たかったし!」
街の方まで一緒に行きたいと頼んだ時の紅哉の顔が思い浮かぶ。心底嫌そうな顔を浮かべて、それでも了承してくれた。彼の中で恐らく自分は“めんどくさい女”にカテコライズされているだろう。梓の中でそれもなんだか嫌だった。
「脱! めんどくさい女!」
「なんですかそれ」
壱が梓の言葉に苦笑を浮かべる。そして、少し真剣な眼差しになって梓を見た。
「梓が決め、丹様が許可されたのなら、私にはもう何も言えませんが、私は紅哉さんと街に行くのはあまりお薦めできません」
「え?」
「今日はもしかしたら嫌な思いをされるかもしれませんが、気を付けて行ってきてくださいね」
「嫌な思いって…?」
「あ、紅哉さんが来ましたよ」
梓が聞こうとした言葉は壱によって遮られる。
部屋の扉が開き、そちらに目を向けると、いつもと違う黒い目をした紅哉と昴が部屋に入ってきた。
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