第12話:幸運のクローバー
「おにぃちゃぁーん! 出てきてよー! ケガの手当てしてくれたおにーちゃーん!」
「………」
何故こんなことになったのだろう。紅哉は頭を抱えたくなった。
斉藤梓。彼女が紅哉を呼んでいた。
公園のど真ん中、辺り一体に聞こえる声で。
よろしくない。大変よろしくない事態だ。
彼女の拉致を一週間後に決めた、次の日の出来事だった。
「黒い髪のきれいなおにーちゃーん! おにー…」
「おい。頼むからやめてくれ」
「おにーちゃん!」
出てきた紅哉に梓は駆け寄った。その顔は満面の笑みだ。
「ここで呼んだら出てきてくれるとおもった!」
「出てこないとは思わなかったのか? 俺はここにいつもいる訳じゃないぞ」
「出てきてれたよ?」
「………。そうだな」
はぁ。と溜め息をつくと梓はにっこりと笑い、洗濯済みの昨日のハンカチを差し出した。
「きのうはありがとうございました!」
両親にハンカチを貸してくれた人に出会ったら、そう言えと言われていたのだろう。彼女はミッションをやりきった達成感でいっぱいの顔をしていた。
「あぁ」
捨ててもいいよかったのに。と、そう思ったが、黙ってそれを懐にしまう。その時、ハンカチの間から一つひらりと何かが躍り出た。
「あ、それ! おにーちゃんにあげようと思って!」
「クローバー?」
紅哉が拾い上げたのは四葉のクローバーだった。
「昨日あれからよつばのクローバー探ししてたら2枚見つけたから! おかーさんに1枚! おにーちゃんに1枚! 知ってる? よつばのクローバー持ってると良いことあるんだって!」
「…俺はいい。お前の父にやれ」
そう言って返そうとした紅哉の手を梓は必死に押し返す。
「もらって! 昨日のおれいだから! おにーちゃん体悪そうだし!」
「俺は健康だ」
確かに吸血鬼の特徴として肌が人より白い事は確かだが、病的だと言われたのははじめてだった。
「いいのいいの! おとーさんのは今日探すから! おかーさんのも探さないといけないし!」
「毎日探しているのか?」
「うん! おかーさん体悪いから、早く良くなってほしくて。本当は入院しないといけないんだっておとーさんが言ってたの! でも入院できないんだって。なんでかな?」
「………」
恐らく、吸血鬼に見つからないようにする為だろう。日本に住んでいるほとんどの吸血鬼は赤、青、黄、とそれぞれ街を作り住んでいるが、もちろん例外もいる。人間とあまり変わらない生活が出来るのだ。人間社会に交じって生きていくことを選ぶ者が居ても不思議じゃない。
そいつらに見つかってしまう事を彼女の両親、弥生と信二は恐れていたのだろう。それに入院していたらいざという時に逃げにくい、そう判断したのかもしれない。
「お母さんは大変そうなのか?」
気が付いたらそう聞いていた。梓には先ほどのような笑顔はもう見られない。
「うん。ご飯もあんまり食べないの。あずさの半分ぐらいしか食べなくて。だから、早く良くなりますように!ってよつばのクローバー集めてるの」
「そうか、早く良くなると良いな」
「うん! じゃぁ、あずさ探してくるから! おにーちゃんもおだいじに!」
「あぁ」
健康なのだが。とは思ったが、駆け足で去っていく後ろ姿に紅哉はそれしか言えなかった。
梓を見送って、ふと足元を見ると四葉のクローバー。先ほど梓からもらったものを落としたのかと手元を見るが、そこにちゃんとクローバーはある。そしてよく見ると、生えているようだ。
紅哉はそれを摘んで、丁寧にハンカチに包む。
「明日でいいか」
梓の喜ぶ顔が浮かぶ。気が付かないうちに紅哉の口元は緩んでいた。
==========
「えっと…1、2、3。これも、みつば。これも、これも」
「探し物はこれか?」
次の日、案の定、梓は公園に現れた。そして今日もせっせと母親の為に四葉のクローバーを探していた。
その後ろに立って、彼女の顔の方に昨日採ったクローバーを差し出した。
「おにーちゃん!」
「ん」
「え? でもこれって、昨日あずさがあげたやつ?」
「それはちゃんとこっちに持っている」
スラックスのポケットに入っている文庫本を取り出し、開いてみせる。その中にはティッシュで包まれたクローバーの姿。
「おしばな?」
「あぁ。せっかく貰ったからな。だからこっちは昨日別に摘んだやつだ」
「…おにーちゃんってやさしいね! ありがと!」
「たまたま足元に生えていただけだ」
「ちがう! おしばな! あずさ嬉しい!」
目の前のクローバーより、紅哉が自分のあげたクローバーを押し花にして大切にとっていた事が嬉しいようで、梓はにっこりと笑う。そんな梓の態度にどうしたらいいかわからず、紅哉は梓のその手に採ってきたクローバーを渡すと、踵を返した。
「おにーちゃん! 帰るの?」
「あぁ」
もうこれで次に会うのは5日後。誘拐を実行する日だ。
「まって! おにーちゃん、お話ししよう?」
歩き出した紅哉は梓に裾を引かれて止められてしまう。
「俺は特に話すことはないが?」
「あずさにはあるの!」
「…なんだ?」
「おにーちゃん、お花のかんむり作れる?」
「は?」
唐突過ぎて変な声が出た。何を言っているかわからない。紅哉は思わず眉間に皺を寄せた。
そんな紅哉の態度に気分を害す事もなく梓は話を続ける。
「おかーさん、あしたのあした誕生日なの! あずさお花のかんむりプレゼントしたい!」
「明日の明日? 明後日か? それで俺にどうしろと?」
「お花のかんむりの作り方教えて!」
押し花を作っているから花冠も作れると思ったのだろう。梓の顔は期待に満ちている。
しかし、紅哉はその期待に応える気も無ければ、気があったとしても応えることができなかった。
「………。残念だが俺はお花のかんむりとやらの作り方は知らない。お前の父や母に聞けばいいだろう?」
「だめ! ナイショなの! ナイショで作ってびっくりさせるの!」
「俺は知らない。別の奴に頼め」
「………うぅ」
「………」
「………」
梓の大きな瞳がうるうるとゆらぐ。紅哉はぐぅ。と声を飲み込んだ。
どうしたらいいかわからず、目が泳ぐ。昔から女や子供の涙は苦手だった。
「………。明日までに調べてきたらいいか?」
「うん! おにーちゃんありがと! だぁいすき!」
「………」
(謀られたのか?)
紅哉がそう思ってしまうぐらいに梓の表情は一変した。もう溜息しか出ない。
「明日のおひる食べたあと、ここに集合ね! おにーちゃんおひる寝しちゃダメよ! あずさもがんばってガマンするから!」
「あぁ」
そう約束した。これが彼女とする最後の約束だと自分に言い聞かせて。
5日後には彼女を誘拐するのだから、けじめはつけとかなくてはならない。お互いの為にも。
しかしその約束が果たされることは無かった。
次の日も、その次の日も、梓は公園に現れなかったのだ。
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