第11話:遠い日の君
(見つけた)
紅哉は公園で遊ぶその幼女の姿を目に止めて、そっと木の後ろに隠れた。
亜麻色の髪の毛に大きな栗皮色の瞳。恐らく間違いない。
紅哉は青の奴らが勝手にかどわかして、実験に使った弥生という女性の写真とその幼女を見比べた。
斉藤梓 4歳 通称名:白雪
真祖の血を持つ造られた少女。
彼女は元気にボールを蹴って友達と遊んでいた。
これは梓が誘拐される13年前の話。
夏の訪れを告げるように、その日はとても暑かった。
特徴的な赤い瞳はコンタクトレンズで隠し、半袖のシャツにスラックス。少し長くなっていた髪は後ろで結んでいた。どこからどう見ても彼は普通の人間。しかし、彼は吸血鬼だった。
百目鬼紅哉 見た目は20代前半。
紅哉は、父であり赤の当主である丹に一つの命令を受け、ここ数か月動いていた。それは『真祖の血を持つ少女を青よりも早く見つけ出し、保護すること。その時共にいるだろう斉藤信二は生死を問わず捕まえる事。』
「保護というより誘拐だな」
書類の文面を思いだし、紅哉はそう一人ごちる。
捜索は彼女たちが姿を消した翌日から始まっていたのだが、なかなか見つけられないまま数年。痺れを切らした当主は赤の中でも随一の実力を誇る自分の息子にその白羽の矢を立てたのだった。
そしてとうとう彼女の母の弥生と共に姿を消した斉藤信二の行方を掴んだ。彼と共に暮らしている彼女の存在も。
(そろそろ報告するか)
まだ丹には報告はしていなかった。梓が本当に真祖の血を持つ少女なのか確認できていないという事もあったのだが、現在彼女の周りにある平和な家庭を壊して、あのクソ腹黒狸である丹にこんな小さな少女を預けるのにとても抵抗があったからだ。
しかし、このまま報告せずにほおっておいて、青の奴らに拉致される方が彼女は将来的に不幸になるだろう。
数日確認したが、彼女はあの斉藤信二を父として慕っているようで、関係は良好。弥生も母として一緒に住んでいるらしかった。その家庭を壊すのは忍びないが仕方なかった。
「あ、そこのおにいちゃん! ボールとってくださいー!」
その声と共に足元に転がるピンクのビニールボール。そして一生懸命駆けてくるのは、斉藤梓、その子だった。姿を見られる予定はなかったので、しまった。と思ったが、もう後の祭り。
「ありがとうございます!」
紅哉がボールを取って投げるように渡すと、梓がぺこりと頭を下げた。そして向きを変えて、走りだそうとした彼女は木の根につまずいて勢いよくこけてしまう。
「ぐぅふ!」
変な声がした。
「…大丈夫か?」
泣くだろうか? その場合どうしたらいいのだろうか? そう紅哉が思いあぐねていると、梓はガバッと立ち上がり、そしてこちらを向いてにっこりと笑った。
「だいじょうぶっ!」
「そうか…」
しかし、彼女の膝から結構な量の血が流れているのに気が付いて、紅哉は友達のところに駆けだそうとする梓を止めた。そしてハンカチを取り出し、その膝に巻いてやる。梓は大人しくされるがままになっていた。
「帰ったらお前の父に見てもらえ。医者だろう?」
「おにーちゃん。どーして知ってるの?」
「………。人に聞いた」
お前を拉致するために調べ上げたと言う訳にもいかず、紅哉がそう答えると、
「そうなんだ! おとーさんゆうめいじんー!」
にんまり満足そうに梓は笑った。その姿にちくりと胸が痛む。
「おにーちゃん! ありがとう!」
そう言って友だちの方に駆けていく姿に少しの罪悪感。心の中で謝罪をしつつ、彼女を拉致するのは一週間後と心の中でそっと決めた。
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