第9話:歓迎される理由

梓は正直この状況はどうかと思った。

確かに、楽だし、確実だし、先ほどのように襲われる心配も少ないだろう。ついでに言うとこの見晴らしの良さ、道になんて迷いようがない。というかそもそも道が無い。

ただこれは何というか、猛烈に恥ずかしい。そして、怖い。

「あの、紅哉さん降ろしてもらえませんか?」

「靴が無いだろう?」

「お借りしたサンダルで何とかなると思います」

「そもそもお前は飛べるのか?」

「すみません。飛べません」

梓は現在、空を飛んでいた。紅哉にお姫様抱っこをされた状態で。

抱き上げている紅哉の背中には黒い靄が固まったような羽。それは紅哉の服を引き裂くことなく背中に生えていた。彼曰く、吸血鬼であった残滓を集めて作ったらしいのだが、全くもって意味が分からない。実際に体を作り変えて羽を出すことも可能なのだが、服を裂いてしまうので好きではないそうだ。

「降りて徒歩で行ってもいいが、この方法が一番早く場所に辿り着くぞ」

「…よろしくお願いします」

もうこうなってしまうと頼るしかなかった。背に腹は代えられない。

査問会に間に合わないより間に合った方がいいに決まっているのだ。時計が無いので時刻は分からないが、もう外は暗い。立派に夜だ。

「そもそもどこでやるんですか?」

「当主の家だ。他の話し合いと並行で行われるからな」

「そこに父も?」

「査問会とは名ばかりで、問いただされる本人はその場にいない。状況と証拠で罰が決まる」

「じゃぁ、申し開きもできないじゃないですか!」

「まぁ、さすがに事前に取り調べは受けてるだろうがな」

状況は悪い。彼らがどんな罰を用意してるのかわからないが、『殺す』という単語が出てくるぐらいだ。自分たちの常識では測れない可能性が高い。その事に思い至って梓は身を固くした。

「大丈夫だ。間に合う」

そう頭上で声が聞こえて、梓が思わず上を向くと、精悍な顔立ちの赤いルビーの瞳と目が合った。そして、すぐ逸らされる。

「紅哉さんの目の色は元々その色なんですね?」

「あぁ、そうだ」

梓が質問すると、先ほどよりも声色が硬く、ぶっきら棒に返事をされる。しかし、梓はその事には気づかない。

「やっぱり! ずっと目が赤いからそうかなぁと思いまして。昴さんに以前、飲んだのを見せてもらった時は数分で目の色が戻っていたし」

「そうか」

「綺麗ですよね。ちょっと目立ちますが、ルビーみたい」

「………」

紅哉の目が数回瞬く。そして、梓の方を向いた。その表情は困惑しているようだった。

「そうか?」

「はい!」

「…そうか」

「はい」

そのままお互いに沈黙。紅哉も正面を見据え、元の仏頂面に戻っている。

その沈黙に梓が居心地悪そうにそわそわしていると、今度は紅哉が口を開いた。

「お前の感性はおかしいのか?」

「え? 私のですか?」

そんなことを言われたのは梓の人生の中ではじめてだった。それも蔑むように言われたのではなく、普通の質問として聞かれるなんてそうそうあるもんじゃない。

「いえ、そんな風に言われたことはないですけど。どうしてですか?」

「…何でもない。気にするな」

「え?」

そう首をかしげた瞬間に感じる浮遊感。梓は思わず紅哉の首に回してる腕の力を強めた。紅哉が下降を始めたらしい。

「着いたぞ」

そう言って降り立ったのはこれでもかと広い敷地に立つ日本家屋の玄関先。そしてその表札には『百目鬼』の文字が見えた。梓は思わず紅哉を見る。

「紅哉さんの苗字、改めて聞いて良いですか?」

「百目鬼だ」

紅哉は表情を変えずに淡々とそう述べる。反対に梓の表情筋はピクピクと痙攣をはじめた。

「ここはもしかして紅哉さんの?」

「父の家だ」

「つまり、紅哉さんのお父さんが?」

「現、赤の当主だ」

そう言いきった彼に、悪いことをしたという感情は読み取れない。しかし、梓は思わず叫んでいた。

「ふざけるなー!!」


==========


しかしそこからの展開は早かった。

梓が叫んだ数秒後、使用人だと思われる女性が2人を迎えに来てやうやうしく屋敷の中に通される。そしてそのまま梓だけ別の部屋に通されたかと思うと、いきなり服を着替えさせられたのだ。

梓はただ展開の速さについていけず、なされるがままになってしまい、気が付いた時には…

「これ、着物ですか? しかも高そう」

「はい! よくお似合いですよ!」

桃色の着物に着替えさせられていた。足元から金の鳳凰が今にも飛び立たんとしている様がなんとも高級感漂っている。梓はげんなりした。自分の想像では秘密裏に査問会に乗り込んでぶち壊しにしたあと、条件を提示して父を助けるはずだったのだ。

しかし実際は玄関に着くなり大歓迎され、高そうな着物に着替えさせられる始末。正直、紅哉が歓迎されるなら分かる。なんといってもこの家の息子なのだ。

しかし、見ず知らずの自分を歓迎する意図が分からない。

「しかし、紅哉様がやっと契約されるなんて夢のようですわ! 私なんて小さい時からお世話をさせていただいてますけど、こんなこと初めてです。お母様とお兄様の事は残念でしたが、強く生きておられるのですね! この久喜くき! 他の人が何と言おうとも紅哉様の味方ですわ!」

そう言ってはしゃぐのは梓を着替えさせてくれた50代そこそこの女性。和服に整えられた髪の毛が美しい。若い頃はさぞモテたであろうその凛とした美しさが特徴的な彼女だが、性格はどちらかといえば砕けているようだ。両手を頬に当て、腰をくねらせて喜びを表している。

梓はその久喜という女性の喜びようがどうしても気になった。何か盛大な勘違いをしている気がする。

「あの、久喜さん? 紅哉さんは?」

「あぁ、はい! 早くお見せしたいですよね! 今呼んでまいります!」

そして数分後、部屋に入ってきたのは久喜に呼ばれただろう紅哉だった。

「紅哉様どうですか? 梓さん! お綺麗でしょう?」

「…あぁ、そうだな」

久喜の迫力に紅哉も少したじろいでいるようだ。

そして、紅哉の手を引っ張り無理やり梓の隣に並ばせる。

「お似合いですわ!」

「………」

「紅哉さん! どうゆうことですか! 何で私大歓迎なんですか!?」

紅哉に聞こえるか聞こえないかの声でそう聞くと、彼も首を捻る。どうやら彼も状況を飲み込めていないようだった。

「いきなり紅哉さんが『こいつを父に会わせる』と言い出した時は驚きましたけど、契約をする前に挨拶に来られるなんて、紅哉様とあかし様の溝もだんだんと埋まってきておられるのですね! この久喜! 感激です!」

紅哉の眉が訝しげに寄せられる。梓は契約の意味が分からず、紅哉に小さな声で聞いているのだが、ことごとく無視されていた。

「…契約?」

「あら、紅哉様が女性を連れてこられるなんて、そうなのかと思いましたけど、違いました?」

「………」

「紅哉様?」

「…そうだ」

(ちょっと―! 今めんどくさがったでしょ! 否定するのめんどくさがったでしょ! しっかりして紅哉さん!!!)

梓は内心ハラハラ2人の会話を見守る。しかし、この久喜という女性は梓が紅哉の契約の相手だと勘違いをしてここまで歓迎してくれているのだ。正直な事を言って、この家から追い出されてしまってはかなわない。

「そうですわよね! そうですわよね! それでは、紅哉様、梓さん。今から丹様にお取次ぎいたしますのでここでお待ちくださいね」

紅哉の答えに満足したのか、久喜は浮かれ気分で部屋から出ていく。その姿が見えなくなった瞬間に梓は紅哉の胸ぐらをつかんだ。

「紅哉さん!!! 契約ってなんですか!? 何でこんな大歓迎なんですか!? そもそもどうして自分が当主の息子って黙ってたんですか!! 納得のいく説明をお願いします!!」

「落ち着け」

「この状況で落ち着ける人っているんですか!?」

「静かにしろ。他に聞こえるぞ」

「…ぅぐ」

そっと、梓は紅哉の胸ぐらを離す。紅哉は苦しかったのか首回りシャツを整えつつ、一つ咳払い。そして話し始めた。

「契約というのは、お互いがお互いの血を飲むという契約だ。吸血鬼がむやみやたらに人を襲わないように作られた決まりで、契約者以外の血を飲むことは禁じられている。基本的に吸血鬼同士でかわすものだ。例外もあるが」

「久喜さんは、紅哉さんと私が契約することを、お父さんの…丹(あかし)さん?に報告しに来たと勘違いしたってことですか?」

「あぁ」

「契約って、親に報告するような重々しいものなんですか? お互いに、この人の血を飲むよーとかじゃ駄目なんですか?」

「………」

困ったような顔。言おうか言うまいか悩んでいる様子だ。そして彼は爆弾を投下した。

「吸血鬼で言う契約は、婚姻と同義だ。まぁ、複数と契約出来る所は婚姻と違うが」

「は? はぁあぁぁあぁぁ!!!?」

梓のその声は屋敷中に響き渡った。

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