白猫の守り人
絶望&織田
四人
前原君の家は母子家庭で夏休みになると親戚のお爺ちゃんの家に連れていかれる(中学に上がるまで)。
母はお爺ちゃんとは殆んど口を聞かずに去って行きます。
前原君は特に理由は聞かずにお爺ちゃんと二人きりで夏休みを過ごすこととなるのです。
お爺ちゃんの家は山あいに一軒ぽつんと建っており、スイカやキュウリ、大根といった種類はあるが規模は小さい畑が転々とあったそうだ。
なんでも畑は死んだお婆ちゃんが大切にしていたもので、畑を見つめるお爺ちゃんの顔はどこか楽しそうだったらしい。
後は決まって、お爺ちゃんはこう言ったそうだ。
「今日は晴れてるから昼になったら12時30分まで外に出るな!」
と。前原君は、えぇー、っと渋ると。
「なら昼12時の戦争に備えておけ!」と言いました。
前原君は最初、お爺ちゃんにそう言われた時は首を傾げたがそれは後に知ることとなりました。
11時には朝食を終えようとさせるお爺ちゃん。
ソワソワとして時計をチラチラ見つめ、大きな鞄片手に前原君を連れて二階に上がると、ベランダに出る。
鳶色の鞄を開けると、BB弾の入った袋とスコープ付きのライフルが現れる。
前原君が、うわ~すげぇ!と言って触ろうとすると…。
「素人が触るんじゃねぇ!死ぬ気かぁ!?」
お爺ちゃんは鬼のような形相で一喝。
思わずビビる前原君にお爺ちゃんは「すまん…ちょっとだけだぞ?前原二等兵」と、白髪頭をボリボリ掻いて苦笑する。
そして、お爺ちゃんは前原君に「この銃の弾込め頼めるか?」とエアーガンのカートリッジを三本ほど手渡して言います。
前原は、オッケー!と言います。
しかしお爺ちゃんは、むぅ、と唸り。
「いや、そういう時は敬礼すんだよ。こうだ!」
身ぶり手振りで前原君に敬礼やら回れ右、左向け左など色々教えます。
そして、胸ポケットから古ぼけた懐中時計を取り出して時間を確認します。
前原君はすかさず、なにそれ?なにそれ?と眼を輝かせて言い。
お爺ちゃんは「落として壊したら除隊だぞ?」と、眉にシワを作り言います。
前原は恐る恐る懐中時計持つとずっしりと重みを感じ、それを覗き込むと少しガラスにヒビが入っていたそうですが、チ、チ、チ、チと針が力強く時を刻んでいたそうです。
昼12時近くなると、お爺ちゃんは「伏せろ!」と言い、体を縮めます。
そして、双眼鏡で山の方を見つめると双眼鏡を前原君に渡してスコープを片眼に銃を構えます。
前原君が事前に双眼鏡の使い方をお爺ちゃんに教えられていたため、ピントを合わせながら山の方向を見つめると、白い靄みたいなものが立ち込めていていました。
その靄の中から、黒猫が一匹、二匹と現れてこちらを目指して走ってきました。
でも、双眼鏡越しにその黒猫達が普通の猫ではないことは明白でした。
猫の眼が皆、白眼を剥いて殺気だっていましたから。
パン、パン、パン。
お爺ちゃんの乾いた狙撃音が響き前原君にこう言いました。
「もう頭下げてろ!弾がなくなったら、その弾層に弾を込めてろ!いいな!?後で援軍が来る!!」
前原君は頭を下げながら、援軍って誰?、と思ってお爺ちゃんを見上げると驚きました。
そこにいたのは白髪頭の背の低いお爺ちゃんではなく、白い軍服と制帽を被った背の高い青年がライフル片手に引き金を引いていたのです。
前原君は眼をゴシゴシと擦ると、いつものお爺ちゃんが横目に睨んでいて「返事をせんか!バカモン!」と叱られました。
以降、弾込めに専念していましたが、時折そーっと戦場となっている外を見つめると、黒い猫はお爺ちゃんの狙撃に、ギャン!?と、悲鳴をあげますが直ぐに進路を向けて向かってきます。
黒猫の数は数えて十匹、前原君は、猫はお爺ちゃんの畑をかなり荒らすのかな?と思って見ていましたが、不意にどこからともなく白猫が三匹現れて黒猫達に襲いかかりました。
まるで、これ以上は行かせない!と言わんばかりに。
「援軍のおでましだ!」
お爺ちゃんが嬉しそうに笑って、白猫達の援護をするように黒猫達を狙撃していきます。
そうして、辛くも戦争はお爺ちゃん側の勝利と終わり。
黒猫達は山の方へ走って逃げて行きました。
「御苦労、晴れると奴等はやって来るから気を付けろよ?」
お爺ちゃんはそう言い、さらに懐中時計を見ながら前原君の頭をワシャワシャと撫で「援軍に挨拶しよう」と促したそうです。
外に出ると金色の眼をした三匹の援軍が前原君達を取り囲みそろそろと近づいて来ました。
その中の一匹が前原君の足に頬擦りし、にゃーん、と鳴きます。
前原君は、なんか猫に好かれてるんだけど?とお爺ちゃんに言うと。
お爺ちゃんは腕を組んで、うんうん、とただ頷いているだけです。
そして徐にザルを取って畑からキュウリ、トマト、スイカ、大根を猫達が食べやすいように調理して白猫達に与えます。
猫に至ってはそれを与えられると、待ってたぜ!と言わんばかりにガツガツと食べたそうです。
夕方ぐらいになると、二匹の白猫達は山の方へ走って行きます。
ただ、一匹、前原君に頬擦りしていた白猫は畑に居座るようになり戦争が起きると真っ先に先陣を切って戦います。どんなに傷つこうとも。
お爺ちゃんはそれを見て終戦する度に、お前そんなんだと体力持たねぇから一回帰れ、となだめるように頭を撫でますが白猫はお爺ちゃんを睨むように見て手に噛みつき、まるで、嫌だ!と言っているようでした。
「痛っ!お前!俺が孫一人守れねぇとでも思ってるのか!?」と、お爺ちゃんは白猫とよく口喧嘩していたそうです。
そんな不思議な夏休みも終わり、前原君のお母さんが前原君を引き取っていきました。
それから時は流れ、お爺ちゃんとも会わなくなるようになり前原君が成人を迎えた時、お爺ちゃんが老衰で亡くなったそうです。
葬式を終えて前原君は母と遺品整理をしていると、懐中時計とアルバムを見つけました。
懐中時計を開けると、12時29分で針が止まっていたそうです。
アルバムは母に聞くとお爺ちゃんとお婆ちゃんの若い頃の白黒写真集で前原君は、「お婆ちゃん美人だなぁ爺ちゃんが好きになるのも分かる」と思いながらパラパラとめくっていましたが、とある白黒写真に眼を止めました。畑をバックに五人の人間が映った写真でした。
真ん中に椅子を置いて座りニコニコと笑っているお婆ちゃん。
その後ろに白い軍服姿の四人。
左端にお爺ちゃん、隣の人と互いに襟首を掴んで睨み合っています。
他の二人はそれを横目に笑顔で敬礼しています。
前原君の母は「その写真の男の人達、皆お婆ちゃんのことが好きだったってお爺ちゃんに聞いたことがある。
皆幼なじみだったって。畑もお婆ちゃんに好かれるために作ったとかも」ボソッと語るとアルバムを段ボールにしまってしまいました。
その夜、夢の中で前原君は一人畑を見に行くと背後で、にゃーん、と鳴かれ慌てて振り向くと4匹の白猫がいてジーッと見上げていました。
前原君はその場に座って他愛のない身の上話を猫達と語り朝を迎えたそうです。
おわり
白猫の守り人 絶望&織田 @hayase
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