5-4 二人目のウナ
バダ号に帰った時、サザンは、ヘルメットをしていなかった。驚いたキーンが、慌ててサザンからウーナ草を取り上げ、宇宙艇の中から、ポットを持ってきて封入した。4人の残り香が消えるまでは、宇宙艇に入れられないと、キャンプ道具をおろし、トーマの弟たちが乗ってきた宇宙艇をオートで、火星に返すと言ってプルコバの月に向かった。
やっと目が覚めたバスーは、ヘルメットをしていないサザンを見て、泣いた。
「取り返しがつかないことをした。おれを殺してくれ」
「バカなことを言うな。おれたちは、ここに戻ってきている。もう、全部済んだ」
「平気なのか?」
「そんなわけあるか。今も、ウナが遠くから、こっちを見ている」
「それは、一緒だが、本当に大丈夫なのか」
「16の小娘を叱ったら、大人しくなった」
「サザンは強いな。たぶんおれは、だめだ。ニレンの出だからわかるんだ。おれは、ウナから離れられない。おれを故郷に連れて行ってくれ。そこなら、普通の場所より長生きができる」
「家族か」
「違う、ニレンの女たちも、ウナが見える。女たちがウナの代わりをしてくれる」
何となくわかる話だった。バスーの父親は、余命がないというのに穏やかな顔をしていた。
「ウナの一族か」
「ああ、本当は、そこから家族を連れだしたかった」
男泣きに泣くバスーに、掛ける言葉がなかった。
翌日、バダ号は、バスーの故郷に帰っていた。バスーを家族に渡して、いきさつを話して謝った。家族は、もう、そのことを知っていた。
「ごめんなさい、謝るのは、私たちの方です。バスーをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」
母親の丁寧さに、なお、頭が下がった。
「ウナと話ができるんですか?」
「何となくです」
「じゃあ、言ってください。あの約束は守ると」
バスーの妹は、希望の目をサザンに向けた。この、隠匿された世界にいる以上は、そうするしかないのだ。
代表に会ってくれと母親に言われたが、もう、ここには、バスーがいる。何かあったら、バスーを通すと言ってここを出立した。また、大勢の美女がバダ号を見送ってくれた。
火星に帰った時、おれも、キーンも、もう、半金は、貰えないだろうと思った。トーマの弟の余命は、たぶん火星周期で、1年無い。ニレンでも2年無いのではないかと思われた。キーンは、正直にその話をした。その時サザンも同席した。
「二人とも、よくやってくれた。その、悪いんだが、弟をニレンに連れて行ってくれ。ニレンの座標は、おれに、教えなくていい。ニレンを守ってくれ」
「いいのか」
「おれのために働いてくれたやつも、ここに送る。短い余命でも幸せなんだろ」
「そうだ」
「弟の安否はどうする」
「2年ぐらいは、打ち破れない秘話通信を手に入れる。その時は頼む。弟が、ニレンに行きたいといったんだ。それしかないだろ」
「すまん」
「何、言ってる。これは、残りの金だ。お前らは、ファミリーだ。当分は、ウーナ草で儲かるぞ」
キーンは、サザンと拳をぶつけ合った。
1年後(火星周期)
バスーの余命が無くなったと連絡があった。サザンたちは、久々にニレンに行くことになった。と、言うのも、1年前に通信設備を設置しに行ってから、ニレンに行ったことがない。プルコバなどは、あれ以来行く気もしなかった。
それというのも、一つは、バスーの願いを叶えてやるためだった。バスーは、妹を何とか外の世界とつなぎたかった。そこで、トーマの弟と結婚させた。子供は、運よく女の子が生まれ、家族は安泰だ。
それで、親戚のトーマから宇宙艇をもらい、妹は、ニレンとプルコバ、それと、火星を行き来した。トーマは、弟が幸せなのを喜んだ。トーマが、弟の家族写真を見せてくれた。弟は、とても穏やかな顔をしていた。
しかし、1年を待たず(火星周期)弟が死んだ。長いことプルコバに捕らわれていたのが悪かった。そこでトーマは、回心し、堅気になった。それまで、うまい汁を吸っていたキーンとサザンだったが、また貧乏暮らしに戻った。トーマは、ファミリーに汚い仕事はさせられないと、危ない仕事を回してくれない。そのうえ、ウーナ草も止めた。
オレとキーンは、バスーが死ぬ前に会いたかった。
バスーは仲間だ。儲かっていた時に宇宙艇だけはピカピカにしたのだが、燃料がない。仕方ないので、キーンは、ガタブル震えながら、まだ、告白もできていないパリシャから3000クレジット借りた。
そして、サザンは、別の覚悟をした。
ウーナ草の匂いを嗅いで半年間、ウナが頭から離れなかった。ウナは、サザンを怖がり遠目から見るだけだったので、ただのオブジェクトだと思って無視していたが、たまに何か言いたそうな顔をしているのが気になっていた。しかし、半年経ち、幻が消えていたので、そのことを忘れていた。たぶん、ニレンに行くと、ウナが、また半年間、頭に浮かぶのだろうなと思った。それでも、1年食わせてくれたバスーに会いたかった。なぜなら、仲間だからだ。
ニレンは、以前とまったく変わらない風景だった。しかし子供が増え、人口は、今までにないほどになっていた。バスーは、隣の幼馴染と結婚をしていた。男を1人、女を1人作り、男の子は早めにトーマに預けると言っていた。純ニレン産の子供たちだ。やせ細った体のバスーを見舞いに行くと、5歳(地球暦)ぐらいなのだが、ウナそっくりな娘が、バスーの横にいた。
娘は、サザンを見止めて飛びついた。
「サザン、会いたかった」
幻だろうと気を抜いていたところに、ぶちかましの飛びつきだ。軽い重力に壁まで吹っ飛んだ。
「ウナか?」
「そうよ。ずっとクローンの身体に意識を繋いでいたの、生まれてからずっとよ」
バスーが、死ぬ前の最後のお願いだから、このウナを連れて行ってくれと言う。どう見ても、顔は、にやけていた。
「3か月、じっくり時間をかけて、地球暦の5歳まで成長させた」
島宇宙の3か月とは、地球暦で1年。
「おまえ」
「家族が、欲しかったんだろ」
「3か月したらこの子は、本当に独り歩きを始めるわ。わかるでしょ」と、バスー妹が、きっぱり言う。
やられたと思ったが、ウーナ草の後遺症が消えていないのか、この子を手放すことができない。
にやにや笑うキーンにポンと肩をたたかれた。
「家族ができたな」
パニック状態だったが、自分の手を握って離さないウナを見て、覚悟を決めた。
「そうだな」
サザンは、まじめに働こうと心に決め、ウナの手を握りしめた。
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