5-3 ウナ

 最初に通信してきたのは、キーンだ。接触モードを使っているのか、弟との会話が鮮明に伝わってきた。


「おまえ、トーマの弟だよな。顔がそっくりだ。ほかの二人はどうした」  


「わからない、コロニーに入ったっきり帰ってこない。おれは匂いを嗅いでいないのに,ここから逃げられないんだ」


 トーマの弟は、コクピットに座っていた。いつでも発進できる体制になっている。ボタンひとつで逃げ出せるのは間違いなかった。


「二人を持っているのか、律儀な奴だな」


「違う、行こうとすると、あの女が引き止めるんだ。もっと見たくて追いかけようとすると逃げる。だからって、コロニーに入ったらお終いだ。動けないんだ」


「三日間もか」


「そうだ、今も彼女が見える。ああ、近づきたい」


「こいつ、幻影に囚われている」

 サザンも、バスーも了解した。バスーが仕事だと割り切った。


「こっちに連れてこられそうか」

「やれる、飯もろくに食ってなさそうだ。抵抗できないだろ。そしたら、シャトルをオートで帰す」


「何か口に入れられるものを準備して待ってる。こういう時は、スープが効く」


「頼むよ。サザンの方はどうだ」


 サザンが、現状報告した。

「二人の痕跡は、ないな。ちょっと待て、この扉は、おれらの操作で開きそうだ。つぅか、鍵が掛かってない。開いたぞ」


「中に入ったのか」


「いいや、第3隔壁まである。まってろ、ハブを取り付けないと、音声が切れるだろ」



 サザンは、コロニーに入って息をのんだ。緑の丘だ。天井は岩肌になっているが、光源がある。高い天井だ。一番高いところはよく見えなかった。しかし、目の前の大地はわかる。植物の楽園だった。


「ここに動物は、いないな。植物と虫の楽園って感じだ。ウーナ草は、この辺には、ない。少し奥に行ってみる」


「気を付けろ。いやな予感がする」

 抵抗するトーマの弟を黙らせながら、キーンが警告する。


「ああ、穴に入った時からな」


「たぶん中心にウーナ草があると思う」と、バスー。


「中心って、このコロニー、どんだけ広いんだ。ソーサー持ってくればよかったよ」


「じゃあ引き返せ」


「そうだな、もう少し歩いてみる。ここは、草原って感じだから、先をよく見渡せるんだ」


 少し歩くと、今いるところが、高台だと気づかされる。眼下は、なだらかな草原が続いていた。そして、中心部に向かうにしたがって、林になり、森になった。


「こりゃ、相当広いコロニーだぞ。ソーサーを取りに帰る」


「よかった、待ってる」

 バズーが、一安心したとスープを用意しに厨房に向かった。


 宇宙艇に帰ろうとすると、女の声が聞こえてきた。


「待って、まって、まって、まって、まって・・・・・・」

 一言喋っただけなのに何度もエコーのように頭の中で響く


「行かないで、いかないで、いかないで、いかないで、いかないで、ないで、ないで・・・・」


「ウーナ草か」


「ウナよ、うなよ、うなよ、うなよ、なよ、なよ、なよ・・・・」


「オマエ、もう、死んでんだろ。おれたちにかまうな」


「いやよ、いやよ、いやよ、いやよ、いやよ・・・・・・・・」


「とにかくだ。そのエコーやめろ、話しずらい」


 ・・・・・・・・・・・・・

「あなた、変ってるわ」

 まだ少し頭の中で響くが、普通の話声が聞こえてきた。


「オマエみたいなやつには、ちょっと慣れているんだ。とにかく出てこい。どうせ、おれは、何もできないんだろ」


 ウナは、遠くの林から出てきた。たぶん、実態はない。頭と目の映像が重なっているだけだ。


「何しに来たの?」

「ウーナ草を採りにだ」

「いいけど、あの二人はもうだめよ。私から離れないわ」

「そうか」

「いいの?」

「仕方ないだろ、そいつらのかってさ。だが、トーマの弟は連れて帰る」

「どうせ、ここに帰ってくるわ」

「それは、その後の話しだ。本人の問題だ。おれの問題じゃあない」


「やっぱり、あなた、変っているわね。なんで、私に魅了されないの」


「ウナも気を使ってくれているのだろ。本当は、もっと近づけるはずだ」


「うふっ、いいわ、こっちよ」


 ウナは、全裸で、腰まである綺麗な金髪をなびかせながら林に入っていった。歩いているのだろうが、ふわふわした感じだ。やっぱり、ソーサーで来ればよかったと思ったが、たぶん引き返そうとすると、ウナは、呼び戻すのだろうと思った。だが、ウーナ草は持ち出されている。手に入れれば、帰ることができるだろう。諦めてウナに従うことにした。コムリンクにキーンの大声が聞こえる。


「サザン引き返せ、何、独り言を話している」

「大丈夫だ。バスーには言うなよ。きっと追いかけてくる」

「わかったが、本当に大丈夫なんだろうな」

「ウーナ草は、持ち出されているんだ。わかるだろ、そういうことだ」

「わかった」




 林の中を歩くと清々しささえある。そこに、妖精のように現れたり消えたりするウナが、興味深々でおれを見る。


「こっちよ、っちよ、ちよ、ちよ・・・」


 おれから見ると一本道だ。だが、ウナは、楽しげに右や左から現れる。おれはウナに踊らされず確かな道をまっすぐ歩いた。


「オマエ何歳だ」


「ウナよ」


「おれが聞いた話しだと、島宇宙に人類が進出した時には、もう、いたと聞いているぞ。何歳だ」


「二十歳(はたち)よ」

「嘘つけ」

「正直に答えたのに、それも、金星暦で」

「金星人か」

「違うわヴィナスよ」


「聞いたことある。おれは地球人だ」


「こっちよ、っちよ、ちよ、ちよ・・・」


 ウナは、まだ、はしゃいでいる。地球暦でいうとウナは、16歳になる。そんな感じだ。久々に人と話して、はしゃいでいるだけなのだろう。


「ウナは、なんでこんな所にいる」


「逃げてきたの もう、ヴィナスが滅んでいたのに閉じ込められてた でも、私の匂いが、人を惑わすのよ。だから、バースの欠片に住んだの」

 そうか、じゃあ、これは、ヴィナスのコロニーか。どおりで、自然なわけだ。ヴィナスの技術は、ヴィナスと共に滅んだが、今の人類より進んでいたと聞く。では、ウナは、ヴィナス暦で、3億歳を超えていることになる。


「ずっと一人だったのか」


「違うわ、今は、一族と一緒」


「一族?」


「うふふ、こっちよ、っちよ、ちよ、ちよ・・・」



 林を抜け、少し広いところに出た。その奥に森があった。もう、1時間は、経っている。そろそろ、バスーにもばれているころだろう。キーンうまくやれよと、思った。バスーは、自分が一番、ここをうまくやり過ごせると思っているだろうが、おれからしてみたら、キーンよりだめだ。なぜなら経験が浅すぎる。


 森の中に入ると、遠くから見ているだけだったウナが、至近距離で出現するようになり、おれにまとわりつくようになった。顔はもう目の前だ。確かに16歳だろう。表情が、あどけない。


「16で、死んだってことか、おれの故郷は、アースだ」

「そうよ」

「自殺か」

「違うわ、連れてきてくれた男に殺された。私を独り占めしたかったのよ」

「わかった。その後、その男は狂って死んだんだろ」

「そうだけど、コロニーを残したわ」


 ウナの魂がここにつなぎとめられている理由は、その男のせいかもしれない。だが、いつの話だ。おれは、少しだけウナに同情した。だが、本心を隠した。


「今は、草なんだな」

「そうね」

「食ってもいいんだな」

「くいしんぼ」

「じゃあ、やめておこう」

「いいのに・・・」

「おれは、これから、いっぱいお前を採って帰る。それも、何度もだ。その代わり、いっぱい男が来るだろう、いいか?」

「嬉しい!」



 そうこうしている内に森の中心部に来た。ここにウナの墓があるのは間違いなかった。綺麗に整理された花園の中心に、ウーナ草は、生えていた。それも、辺り一面にだ。その中心に墓が有り、墓碑銘が刻まれていた。字は読めなかったが、ウナと刻まれているに違いない。


 おれは、ウーナ草を採る前に、墓に跪いた。


「うわー 許してくれ」


 大きな声に振り向くと、そこに、バスーがいた。それと同時にコムリンクから、キーンの警告が聞こえた。


「すまん。バスーがいなくなった。そっちに行ったんじゃないか。ソーサーもない」


 バスーは、酔ったような眼をしていた。


「ごめんね。やっぱり私は、あなたが欲しい」


 バスーは、謝りながら、おれのヘルメットをはぎ取った。コムリンクからは、キーンが、バスーを諌める声が聞こえた。


「バスー何している。帰ってこい」


 おれの宇宙服から、ヘルメットは、なくなったが、まだ、防臭マスクがある。それをはごうとするバスーの腹部を思いっきり殴った。バスーは、謝りながら、気絶した。


 だが、気付くのが遅かった。例のここに来ていた二人だ。力はないが、おれに纏わりついた。二人を振り払ったのだが、マスクをはぐのに、力はいらない。マスクは、剥がれ、おれは、ここの空気を吸い込んだ。


 むっとするような人の匂いなのに、甘い匂いだ。幻覚なのだろうが、おれは、ウナから目が離せなくなった。ウナは、おれを抱きしめた。


「一緒に暮らして、して、して、して・・・・」


「わかった。わかったが、バスーは、ここの空気を吸っていないんだな」


 ウナは、驚いた顔をした。

「そうよ。幻覚を見ただけ。でも、なんで、バスーのことを聞くの」


「仲間だからさ」


「そうじゃないわ、あなたは、ここの空気を吸ったのよ。なのに、なぜ、バスーの心配をするの。私を見て」


「見ているだろ。目が離せない」


「うそ、バスーの心配をしたわ」


「わからないのか、今、おれは、仲間をいいようにされて、怒っている。仲間の心配をしてないが悪い」


「私だけを好きって言って」


「そう、思っている。だからって許すと思うな」


 ウナは、2歩も3歩も後ずさりした。おれは、バスーが乗ってきたソーサーを見つけた。ソーサーを、ここまで持ってきて、バスーだけでなく、ちょっと振り払っただけで気絶した2人も、ソーサーに縛り付けた。ここには、誰も残さない。


「待って、行かないで」


「おれが、ここ一帯を焼かないだけ、ありがたいと思え」


 おれは、冷たい目で、ウナを見た。たぶん、女には耐えられない目だろう。ウナは、泣き出した。嗚咽交じりに小さな声で、ごめんなさいと、いう声が、聞こえるが、おれは無視した。ウーナ草も、もぎ取るように握っただけ採っだ。

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