5-2 ニレンの女たち

 プルコバは、現在、ジブリ区画あたりを回っている。火星もだ。だから最短距離で行ける。バスーには、悪いと思ったが、トーマの弟が死んでもらっては困る。バスーが耐えられるギリギリの6G加速で、プルコバを目指すことになった。


 バスーの故郷ニエンは、なぜか星図にも載っていない。バスーに座標を示してもらわないと、見つけるのも困難な場所だった。それもコロニーは、小惑星の内側に有り、ニエンに来たからと言って、バスーの指示がなければ入ることさえできなかっただろう。驚いたことに、ここは、美女の里だった。内殻には、小さなバイオマス循環システムが機能していて息もできた。バスーは変わりない故郷を見て安心した。小惑星の内殻は広くバスーの家の横に重力指で取り付くことになった。バスーは、母親と、妹に会うため、旅の疲れも見せず船外に出た。


「母さん、ライナ、帰ってきたよ。バスーだ」

 母親と妹は最初、バスーを見て抱き着いたが、後ろからくるサザンとキーンを見て難しい顔をした。


「あの人たちは?」

「仲間だ。これから、プルコバで遭難した人を助けに行く」

「ママ、あの人たち、普通の人ね」

「そうね、そんな人がここに来るの、久しぶりよ」

 母子は、意味深な話をしていたが、サザンとキーンが普通に挨拶してきたので、ちょっと顔を赤らめて対応した。



 サザンとキーンの標準でも、バスーの母と妹は、絶世の美女だった。それも、母親は、妹の姉と思えるぐらい年を感じさせない。キーンは、パリシャ以外どうでもいいやつなので、批評から外すとしても、どうしてこの美女から、バスーが生まれたのかわからないと思った。バスーは、背も高く、ちょっと野暮ったい風体だ。逆に、母子は、おれたちのことを批評した。



「大きな方ね」

「サザンです。地球生まれです」

「あなた、火星人の真似してるけど、金星人でしょ」

「正解。よくこんな田舎にいて判るな」と、キーンが驚く。

「私たち、元々は、金星人みたいなのです」

「あっ、そんな感じかな。目元なんか特徴ある。優しそうに見えて意志、強かったりするんだよな」

「バカ、普通に美人だろ」


 キーンは、女の好みが偏っている。


「ごめんな、遭難している人が死んだら、仕事にならないんだ。防臭マスクあるかい」

「代表には会って行かないの」

「帰りがけ、いや、タイミングが合ったら連絡する」

「お兄ちゃん、マスク持ってきたよ」

 それは、おれたちが買おうと思っていたものよりも、ずっと高価なものだった。

「ここは、300人ぐらいしかいないコロニーなんだ」

「でもね、ずいぶん人口減ったんだー」

「そうなのか?」

「男手がないからね」


「ウーナ草のせいなんだろ。バスーから聞いた」

 母子二人は、ちょっと上の空でサザンの問いかけに頷いた。

「でも、ウーナ草のおかげで、ここに人が来きます」

「最近は、来ないの」


 自分たちが久しぶりの来客だった。トーマの弟は、直接プルコバを探検したようだった。


「オイ」


 キーンが、目配せしてきた。隅の机の上にバスーそっくりな男がいた。その前には、バスーの母親と思われる女と、それに抱かれた赤ん坊が映っている写真だ。母親は、今と、ほとんど変わっていなかった。


「だよな。こいつら、魔女か。いつ年食うんだ」


 男の方は痩せ細っており、ウーナ草にやられているのは間違いなかった。なのに穏やかな顔していた。


 バスーは、ここでこそ言わないが、おれたちには、この二人をここから連れ出して、外の世界で、また、家族で暮らしたいと言っていた。その為に金が要る。解る話だ。おれも地球に帰りたい。緑の丘で、家族を作るんだ。バスーの家族は見たからな。応援するぞと、思った。父親のだという宇宙服を着たバスーが二人に別れの言葉を言った。


「もう行く」

 バスーに抱き着く二人。

「気を付けるのよ」

「ウーナ草の匂いを吸わないでね」


 こうして、おれたちは、ニレンを後にした。


 帰りがけ、大勢の女達が家から出てきて、珍しい客を見送った。本当に驚くほど、ニレンの女達は、美女ばかりだった。だが、キーンは違うことを言った。


「あの写真、違和感なかったか」

「親父さんの、穏やかすぎる目だろ」

「ああ、気になる」


 バスーは、絶対また帰ってやると、モニターをいじりまわして故郷を映していた。





 小惑星プルコバには、直径20キロメートルの月がある。プルコバの直径は140キロメートで、いびつだ。プルコバの内殻にも空洞があり、ここに、ウーナ草が生えている。

トーマの弟が乗ってきた宇宙艇は、月にアンカーで停泊しており、採取役の2人が800キロメートル先にあるプルコバに、シャトルで向っているはずだった。搭乗員数は、3名だが、トーマの弟は、現場には出ず、宇宙艇で待っているはずだった。ところが、3名ともシャトルで向い、プルコバで遭難した。シャトルの通信では、限界があり、島宇宙の光ネットワークに接続できない。かろうじて作動する、遭難信号をトーマはキャッチした。こういう法から外れた仕事だ。バーム軍の宇宙パトロールに連絡できず、遭難から、3日が経っていた。サザンたちは、この月にある宇宙艇も引き上げてくれと言われていた。


「宇宙艇、あるな」

「ああ、それより弟が生きているかだ。プルコバに向かうぞ」


 プルコバの内殻へ向かう入口は、やはり、バスーに示してもらわないと、全く分からない所だった。それは、ただのクレーターに見える窪みの側壁にあった。宇宙艇ぐらい入れそうな穴だ。


 ここは、男には危険な場所だ。


 バスーは「中心核近くに、ウーナ草の生息している空間がある」と、言うが、本人も行った事がない。シャトルが穴付近になかったので、奥は深いのだろうと推察される。遭難者を救出する関係もあり、どれぐらい奥が深いのかわからないので、宇宙艇で行けるところまで行こうという話に決まった。弱い重力の中だが、宇宙空間のように指向性が持てないわけではない。艦が浮かないこともないので、反重力ホバリングしながらゆっくりと穴の中に入っていった。


「なんだか曲がりくねってないか。よく救難信号出せたな」

「救難信号は、中性子光通信だからだろ。中性子光は、物質を透過する」


 バスーが、通信席から話す。操縦をキーンに任せて化学分析席で、微妙な変化でも察知してやると頑張っていたサザンが、二人に報告した。


「小惑星だろ、中心核があるわけでもないのに、中心温度が高いぞ」

「どれくらいだ」と、キーン。

「800度だ。もっとあるかもしれない」

「核融合反応は?」と、バスー。

「無いな。放射線も出ていない」


「例の中性子核か、なら人口だ」

「それしかないか。範囲が広すぎる。ここは、コロニー跡ということだ」

「おい、重力が上がってきたぞ。それも偏っている」

「コロニー跡に間違いないな。それも相当古いやつだ。人類の物ではないかもしれん」


 3人は、危険を察知してうなじの毛が逆立つのを覚えた。



 コロニーの入り口まで、宇宙艇で入ることができた。そこに、トーマの弟のシャトルが停泊していた。


「キーン、シャトルを頼む。バスーは、留守番だ。おれは、コロニーに入ってみる」

「待て、無理すんな。おれも連れて行け」

「家族がいるんだろ、キーンもおれもいない。トーマの弟を助けたら3人で見物しよう。それぐらい待てるだろ」

「ああ、すまん」


 キーンは、今にも飛び出しそうなバスーの肩をポンとたたいてウインクした。


「家族っていいよな。おれも作りたいと思っているんだ。めちゃめちゃ怖いけどな」


「なんで怖いんだ」


「あははははは、わからない、がくがく震えるんだ」

 キーンは、笑いながら、シャトルに向かった。


「二人とも、通信は、オープンにしろよ」

 二人は、「了解」と、宇宙艇バダの出口に走った。

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