5話 ウーナ草
5-1 危険な香り
故郷が恋しい。今帰ると、今まで生きた年数より長いこと務所(ムショ)に入らないといけない。それでは、帰った意味がない。緑の丘、碧い海、そこに、家族を作って暮らしたい。
「そんなに、大した夢じゃないだろ」
暗い酒場で独り言を言った。セルヴォウイスキーをジュースのようにがぶ飲みした男の呟きを聞く奴はいない。
「今日は、故郷の話かい」
一人だけいた。相棒の、キーンだ。
「願望だよ。地球が恋しくなったのさ」
空のグラスをキーンに向けながら、酒を注げと催促する。
キーンは、空の酒瓶を振って
「無理だ」と、言った。
「一滴でもいいんだ」
「一滴だぞ」
本当に空瓶から一滴グラスに落ちた。
「それ飲んだら話を聞け」
「飲んだらって、これ」
キーンは、片手を上げてもう無いと、話を締めくくった。
「それより仕事だ。今回は、物(ブツ)を運ぶだけでいいそうだ。簡単だろ。そろそろ、バダに正規の燃料食わせてやらないと、動かなくなるぞ」
「誰の仕事だ?」
「トーマだよ」
「受けたのか」
「決まってるだろ」
「オマエ・・・・酔いがさめたよ。ウーナ草、知ってるか」
「知らない」
「いい匂いがするそうだ。覚醒効果があることは、わかっている。だがな、おかしいんだ。一度その草の匂いを嗅ぐと、ずっとそれを追いかけたくなる」
「麻薬か!」
「ちがう、女を追いかけるように必死になる。そんな幻覚が見えると聞いた。だからって、いくら検査しても、何も出てこない。そうなったやつらは、ウーナ草を手に入れるために何でもやる。だからそれに依存していなくても欲しがる奴は、いっぱい、いるんだ」
「もう、受けた」
「トーマは、組織をでっかくしたがっているだろ。だから、ウーナ草を探していた。やばい仕事だ」
「嗅がなきゃいいんだ。もう、受けたんだ」
キーンは、両手を上げて、空瓶に酒がないと言った時よりきっぱり言い放った。
「いくらで受けた」
「50万クレジットだ。地球のカネだ」
「よし、受けよう。その代り借金をしてでも、マスクを買うんだ。宇宙服の話じゃないぞ。その中につけるやつだ」
「おれたち、借金できるのか」
「一人だけ、当てがある」
「わかった、今回の仕事はあきらめよう」
「キーンが取ってきたんだ。違うか」
キーンは、がくがく震えだした。ただ一人を除いてだが、キーンに怖いものはない。なんで、あんなにかわいい子が怖いのか、分けわからない。だが、キーンが、彼女に逆らったところを見たことがない。
「パリシャに仕事の事は内緒だぞ」
「わかっているが、金が必要だ。おれが話すか?」
「いい、おれが取ってきた仕事だ」
「1万クレジットだぞ」
「そんなにいらないだろ」
「バダに正規の燃料食わさないとだめだって言ったの、キーンだろ」
「そうだ。もう、やばい」
バダは、最近、星間物質の残りかすばかりで航行していた。もう、後がない。あまり、それを繰り返していたらエンジンがやられてしまう。水素はあるが、ヘリウム3が良質だ。これを入れると、元エネルギーの水素も普通に使える。
「わかった。1万クレジットだ」
キーンは、カラ元気を見せながら、酒場を出て行った。
キーンを見送り、情けない顔をしてセルヴォウイスキーが一滴だけ入っているグラスを振っていると、男が目の前に座ってきた。見たことがないやつだ。火星の人間ではないことはわかるが、地球人でも、金星人でもない。考えられるのは、島宇宙の人間だということだけだ。
「いいかね」
「もう、座っているだろ」
男は、フッと、笑い、セルヴォウイスキーをダブルで注文した。おれは、吸い込まれるようにそれを見た。
「あんた地球人だ。なんでこんな、何もないところにいる」
「どうかな、島宇宙よりは何でもあるぞ」
カマかけが成功した。男は、うっと引いて、なお、にやりと笑った。
「確かにそうだ。ウーナ草の話が聞こえた。おれも連れて行ってくれ」
「死にたいのか」
「違う、郷里が近いのさ。里に帰る」
「それだけか?」
「ウーナ草のことを知っている。あんなもので儲かるのなら、自分も仕事がしたい」
おれは、じっとこの男を見た。おれらと違わない匂いがするし、身なりも同じようなものだ。金もないのに、いっぱしの宇宙船乗りに違いない。
「オマエ、なんで、パイロットスーツを着ていない」
「売っちまった。後二杯飲んだら、終わりだ。おれを連れて行ってくれるなら、あんたにも一杯おごる」
「ウーナ草のことを話せ。それで決める」
男は自信に満ちた顔をしているのに、ぼそぼそと話し出した。低い声で、誰にも聞かれたくないと周りをきょろきょろ見て、それから、やっと話しだした。
「ニエンは、分かるか」
「知らない」
「おれの郷里だ。プルコバから100万キロと離れていない。だから、プルコバのうわさはよく知っていた。渡航者は、みんな故郷の小惑星を拠点にしたからだ。ここには水もある。だから、ウーナ草の話も聞いた。あれは、草じゃない、そう見えるだけだ。もとは、女だったそうだ」
「いい匂いがする女か。何の冗談だ」
「さっき言ってただろ、ウーナ草の匂いを嗅いだやつは、女を追いかけるみたいにウーナ草を欲しがる。その幻影を見るからだ」
正直、こいつの話は、半分だ。だが、もう半分が気になった。
「見たのか?」
「見るわけない。探しに来たやつに聞いたのさ。いい匂いがする女で、追いかけても、追いかけても、追いつけないんだそうだ。麻薬よりたちが悪い。一度それを見ると、ずっとその幻影が頭から離れなくなるそうだ。ほかの女には見向きもしなくなる。また、匂いを嗅ぐと、その女が、すぐ近くにいるんだそうだ。女の匂いが嗅げるほど近くだ。探しに来たやつは、涙を流して恋焦がれていたよ。気味が悪かった」
男は、見たくもないものを見たかのような目をしている。サザンは、たぶん真実だろうと思った。
「女か・・・危険なものには、変わりない」
「そうだ。あんたが、そう思っていたから、声をかけた。あんたーほかの奴と違って慎重だ。危険なにおいも嗅ぎ分けている」
「ここだけの話だが、何度もわけのわからないものにひどい目に会っているからな。慎重になるさ。わかった5万クレジットだ」
「連れて行ってくれるのか。ありがたいが安くないか。トーマは、50万って言ったんだろ」
「そうだが、キーンとは山分けだ。おれの取り分の25から5万出す。初めて一緒に仕事をするにしては、いい金だと思わないか。宇宙艇の頭金も払うことができる金額だぞ。だから、詳しく話せ」
男は約束通りセルヴォウイスキーのダブルをおごってくれた。おれは、セルヴォウイスキーを堪能した。
「いいのか、パイロットスーツもマスクも調達できないぞ」
「最初、ニレンによってくれ、そんなものはいくらでもある。渡航者が残したものだ」
「そいつらはどうなった」
「死んじまった。詳しく話すよ。だけど、挨拶させてくれ。バスーだ」
「サザンだ」
二人は握手した。宇宙艇乗りなのには違いないのに、バスーに握力は、あまりなかった。重力のない島宇宙暮らしだからかとも思ったが、改めてみて、こいつ、大丈夫かと思った。
「宇宙艇は、どれくらい乗っている」
「生まれてからずっとだ。だが、火星(ここ)の宇宙艇は、操縦管が固すぎる。やるなら、通信か、化学分析をやらせてくれ」
「そういうものか。おれら、島宇宙の仕事はこれからだ。今回はないと思うが、粗い仕事になると12Gはかかると思うぞ」
12Gとは、艦内重力のことだ。戦闘になると、それぐらいの加速Gが、平気でかかる。
「そんなにか、出来れば通信にしてくれ」
「そうなるな。後で、キーンに紹介する。それより話せ」
おれは、危険な何かをバスーから嗅ぎ取ったらしい。ウーナ草が気になってしょうがなくなった。できれば関わりたくないが、もう、受けた仕事だ。バスーは、また、ぼそぼそと話し出した。
「ニレンのコロニーは、女ばかりだ。男は、外からやってくる。ウーナ草目当ての連中だ。だから短命なんだ」
「ウーナ草に、害はないだろ」
「そうだが、食事の量が極端に減る。それも、熱に浮かされたようにボーっとする」
「恋愛病か、バカらしい」
「そうだが、それが、何か月も続いてみろ、身体は、やせ細って、最後は衰弱死だ。唯一、ニレンの女たちに慰められると正気を取り戻す。だからニレンは、子供以外女ばかりになった」
「バスーは、そこの子なんだろ」
「年頃になると、危険だからとコロニーを追い出される。おれは、3才で、遠縁の親戚に預けられた。それから一度も帰っていない。妹がいるんだ、母さんにも会いたい」
「危険を承知でなんだな。案内任せたからな。それで、ウーナ草は、どういうものだ」
「草だよ」
「元は女だと言っただろ」
「でも、今は草だ。サラダにするとおいしい」
「食ったのか」
「ずいぶん大きくなっていたけど子供のころ食った。ウーナ草目当ての渡航者がくれたんだ。ウーナ草の匂いは、3ヶ月もつ」
「まて、島宇宙暦か」
「そうだが」
「おれは、地球生まれだ。そうすると、バスーは、地球暦で12歳の時コロニーを出たわけだ。それになんだって、ウーナ草の効果は、火星暦で、半年だということだな。地球で一年だ。トーマに知らせておかないとまずい」
「ウーナ草に魅せられた奴はニレンにいても1年もたないぞ」
「火星暦で2年だ。覚えておくよ」
「それで、プルコバなんだが・・・」
バスーが、核心の話を始めたときに、陽気な男が帰って来た。
「サザンやったぞ、軍資金だ」
「いくら借りれた」
「3000クレジットだ。すごいだろ」
「ギリギリじゃないか、燃料代しかないぞ」
「いいじゃないか、行って帰ることができる」
「最初の話を思い出せ、マスクが必要なんだ」
「やりくりすれば、なんとかなる。だいたい、最初1000クレジット貸してくれって言ったのに3000だぞ」
「わかっていないのはお前だ。パリシャに何に使うのか聞かれただろ」
「島宇宙に仕事ができたって言ったけど」
「だから3000貸してくれたんだ。1000じゃあ片道の燃料代にもならないじゃないか。最初言ってた1万の威勢はどこ行った」
「わかったよ。だから、トーマに連絡とって前金出せって交渉した」
「そっちが先だろ、それで」
「断られた。だから、仕事をするのを渋った。そしたら、本当のことを話し出したんだ。トーマの弟が、プルコバで遭難している。そこまで行って、弟の声を聞かせてくれたら、半金払ってくれるそうだ」
「それで、こんな大金に。もっと搾り取れなかったのか」
「無理だ。出せるだけの金額だと言っていた。弟とウーナ草を持って帰ったらもう半金だ」
「それは了解した。だが、ウーナ草に魅了された奴は、2年もたないそうだ」
「どうしてだ」
「こいつが教えてくれた。バスーだ。今回案内してくれる。おれが雇った。ウーナ草用のマスクも貸してくれる。だから、少し美味いもん食おうぜ。おれは、バスーに5万払う気だ。キーンも5000払え。マスク代だ」
「高くないか、こっちで買えば、二個買っても2000だ」
「時価だ。後払いでいいそうだ。いい話じゃないか。それに、ウーナ草にも詳しい。今、聞いていたところだ。危険性も良く知ってる」
「そうなんだ。じゃあ、おれも、成功報酬だけど1万払うよ。マスク代込みでいいか」
サザンは、やったなとバスーにウインクして見せた。
「バスーだ」
二人は握手した。
それで、「バスー、握力弱くないか」と、最初の話に戻ってしまった。
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