1-6 レミー

1週間後

 親父が戻ってきて、酒場は、いつもと変わらない風景になった。ちょっと違うのは、親父が、カクカク動いていることだ。ロボットの脳部分は、最高の科学技術なのに、本人の希望で、自分でメンテナンスできる環境をもらった。脳の部分は、たまに火星政府指定の研究所に行かないといけないが、後は自分で何とかするつもりだ。


「マスター フンの調子は、どう」


 マスターの周りに、姐さんたちが集まって、ニコニコしている。


「ばかやろう、調子いいに決まってるだろ」


 マスターも、やっとこの揶揄になれてきたところだ。最初は、怒鳴り散らして、そのたびに、「きゃー」と、姐さんたちは、蜘蛛の子を散らすようだった。



 オレも、元通りと言えばそうだが、あまり姐さんたちに突っかからなくなった。なぜなら、親父のパンチが以前より痛い。それに、トーマにパスポートのことを話した。宇宙艇乗りになれないかと相談して、返事待ちだ。親父には、事の経緯を詳細に話した。 


「ラミアちゃんいい娘(こ)だよな、なんとかしろ」

「とりあえず、宇宙に出ないとだめだろうな。火星の情報は、ラミアが集められるだろうから、たぶんないんだよ」

「オレも頭がいい方じゃないが、情報収集手伝わせろ」

「頼んでいいのか?」

「これでも、金星にいたことあるからな。聞いといてやる」


「フンの頭なのに?」

「横で、盗み聞きスンなら、静かにしてろ」

 親父は、以前より人気になっている。トーマが、姐さん達の世話人にしたからだ。こうやって、入れ代わり立ち代わり、おれと親父の話を盗み聞きして、ラミアとの詳細な経緯を知っている。だから、姐さん達も気にかけてくれると言った。



 深夜、店が引けて、セルボウイスキーを口に含んだおれは、カウンターの黒いワンレンのドレスを着た娘を見てデジャブった。マスターを見ると、違うと目で返してきた。それに髪が黒い。それでも、気になる。おれは、この娘の隣に座った。


「見かけない顔だな。おれは、サザン。ここでバイトをしているんだが、もう引けたのさ」

「レミーよ」

「連れの男は?」

「知らない」

「だよな」


 おいおいと、親父もデジャブった。姐さん達もカウンターの隅に集まって、堂々と盗み見ている。何人かは、カウンターに入って正面から見る。親父が気を使ってくれた。


「お二人さん、あそこの御嬢さん方のおごりだ」と、言ってセルヴォウイスキーをロックで出してきた。

「じゃあ、おれたち出会ったってことで、カンパイ」

「うん」


 しぐさも話し方も、ラミアそっくりだったが、それだけに、違和感がある。みんなそれを感じた。ただ、サザンの慰めになればいいと、姐さん達が協力してくれた。


 ラミアで、ちょっと女の子になれていたおれは、この後普通に話しをして、アパートに誘った。親父がおれの肩をたたいた。姐さん達も、いいんじゃないという顔をして頷いている。レミーはアパートまでついてきた。そこで、本題を聞いた。


「レミー、ラミアのことは知ってるか」

「うん、私のお母さん」

 やっぱり

「じゃあ、おれのことは?」

「知らない」

「レミーはいつ生まれたんだ。おれがラミアと知り合ったのは、1か月前なんだ」

「2年前」

「最初の子か」

「そうなのかな。すぐお母さんから引き離されて研究所で育ったから」

 その時ラミアは14で、その時のことを憶えていなかったという。ショックも大きかったのだろう、ラミアの母親が、子供たちと引き離した。


「もう、大人なのか」

「そんな感じ」

 外を出歩いているから、そうなのだろう。

「ラミアには会ったか? 大人なんだろ」

「会いたいのに、会わせてくれない。だから、お母さんみたいになりたくて、ずっと探してて」


 レミーが泣き出した。サザンは、放っておくことができず、ソファに導いた。

「この1か月のことなら、話せるぞ」

「本当」

 ラミアと出会った時は、レミーとの時と変わらなかったこと。料理が上手で、店の姉さんたちの人気者だったこと。そしておれが愛していたことを話した。レミーは、うんうん、と頷くばかりだ。


「そんなに長くお母さんといたのに、贄にならなかったの」

「それがおかしいんだ。マーキングされたのに、麻痺しなかったし生きてる」

 そう言って、脇腹の痣を見せた。

 それを見たレミーの毛が逆立った。


 まずいことをしたのか


そう、思ったので、ラミアの時のようにキスしてみた。しかし、レミーの捕食行動は、止まりそうもなかった。


「レミー、正気を保て。人の中で、生きられなくなるぞ」

 しかし、レミーはそんなこと聞いていない。

「お母さん、お母さん、お母さん」と、つぶやきだした。


 まずい!


 レミーは光だし、灰色の蛇になった。体長は、5メートルほどで、何とか抵抗できそうだ。ラミアで、蛇の扱いは心得ている。口さえ開かさなければ、何とかなる。


 サザンは、レミーの頭を抑えた。体に巻き付かれないようソファを楯にした。


「レミー聞こえるか。これはお前がマーキングしたわけじゃあない。元に戻るんだ」

「シャー」

 ラミアの時のように心の声が聞こえない。力も、思った以上にある。殺すしかないのかと、思い始めた。隙を見て、机の中にあるナイフを取ろとしたとき、レミーが本性を現した。


「しゅーーーー ガーーーー」

 サザンを簡単に振りほどき、あごを外して、口がガバッと開く。丸呑みする気だ。サザンは、仕方ないかとあきらめた。


「やめなさい」

 レミーの動きが止まった。サザンの前に立ちはだかるように白い蛇がいた。


「バオ、シャ、バッ」


「ラミアか」


 この、浮気者


「違うだろ」

 食べられそうになっているのがいい証拠じゃない

「わかったよ、それよりレミーだ。気が変じゃないか」


 レミーは、口を開いたままだ。どう見ても自分より大きな母親のラミアに飛びかかった。


 バグン


 ラミアはレミーより大きく口を開いて飲み込んだ。レミーは、ラミアの中で暴れていたが、窒息したのだろう、しばらくして動かなくなった。



 それから、3日間ラミアが部屋にいてくれた。

 また、ラミアのだっぷんを見ることになる。レミーの結晶石は、真っ黒だった。


 ラミアは、この子を殺したくなかったと泣いた。


 もう、余命がなかったのね

「何で、会ってやらなかったんだ」


 最初の子は、研究室も試行錯誤だったのよ。この子は、クローンの培養液に入っていた子。急激に成長させられて、おかしくなったのよ


 そう言って、結晶石を撫でた。


 2ヶ月前に、研究所を脱走した子よ。そのあと何人も殺されてる。私の真似がしたかったのね。そんな能力無いのに


「おれにできることはないか」

 マーキングのなぞを解いて。私と結婚してくれるんでしょ

「そのつもりだ」

 一族のことは、私の責任よ。何とかする


 また、ラミアが、人形に戻った。夜をともにしながら、横で寝息を立てているラミアを撫でた。


 一族のこともほっとかない


 そう、心に決めた。


 翌朝、また、政府のラミア担当がやってきた。今度は、ラミアを部屋から追い出してサザンを叱った。


「もう、会わないと言ったのに、死にそうになって。ラミアが可哀そうです」

「面目ないです」


「あなたは、たぶん女運が悪いのね。巫女様から聞きました。女性には気を付けなさい」


 本当に頷くしかなかった。


 その日、トーマから呼び出された。宇宙艇の仕事をくれると言った。おれは、火星の空を見上げて、こぶしを突き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る