2話 蜘蛛の音

2-1 金星の城塞港

 金星は、ラミアの父親のせいで、劇的なテラホーマの過程にある。大量の氷小惑星が、金星に打ち込まれた。蒸発した水は、金星を覆った。雲に覆われた金星は冷却され、二酸化炭素は、水に溶け込んだ。


 水の効果はそれだけではなかった。最初爆発的に電離し、宇宙空間には、電離層として広がった。この電離層が、金星に地磁気を復活させ、自転周期が早まりだした。金星が、地球型惑星に変貌するのは時間の問題となった。



 今まで、50キロメートル上空にある浮島で細々とテラホーマしていた人々はもとより、地球の人類も金星に希望の目を向けている。今のところ、入植者を増やすに至っていないが、大きな浮き島に閉じこもっていた人々は、小さな浮き島に転居を始めた。


 オッドとカオマニー浮島にしかなかった宇宙港だったが、イベーヌ浮島にも新たにできた。


 トーマは、ビジネスチャンスだと、拠点を築くために、イベーヌの浮島にできた城塞港にサザン達を連れてやってきた。サザンは、これが初仕事になる。サザンは、重力酔いのために寝床のカプセルで横になっていた。トーマは、城塞港に到着したことをわざわざ、寝床まで来て教えてくれた。



「トーマさん、すみません」

「最初はみんなそうなる。これが、おれたちの標準速度だ。若いんだ、そのうち慣れるさ」


 普通、宇宙旅行は、1G(加速重力)で航行する。目的地の中間まで、1G(地球の重力)で、加速され、中間地点から、1Gで、減速する。しかし、トーマの所は、その3倍の3Gが、標準航行速度だ。慣れるまで、頭に血流がいかなくて貧血を起こす。


「お前は地球人だ、金星もほぼ、1Gだから、重力にもすぐ慣れるだろ。気晴らしに艦外に出ろ。仕事は、体が慣れてからだ。うまいもんでも食え」


 そう言って、100クレジットも渡してくれた。金星は、地球の通貨が通用する。サザンは、バイト先の酒場で酒を覚えてしまった。酒場の親父や、姉さん達からもらった送別は、お土産代で、使えないと思っていたから、100クレジットを見て元気が出た。サザンは飛び上がってお礼を言った。


「ありがとうございます」

「それだけ元気があるんだ。次は、働いてもらうぞ」

 トーマは、笑いながら仕事に戻った。




 セルヴォウイスキーが飲める。サザンは、ずっと夕方が続く城塞港の盛り場に出て行った。酒場のカウンターに座って驚いた。セルボウイスキーが、火星の4倍する。


「親父さん、セルヴォウイスキー高くないか」

「時価だ。火星産のウイスキーだろ、高いにきまってる。まあ、だまって飲め」

「いやだ、4倍はキツイ」


「だったらこっちにしな金星産だ」

 親父は、エレオノールと書かれた酒瓶を出してきた。

「セルボみたいになめらかじゃあないぞ。出回りだしたばかりだしな。だが、金星産だ。おれたちは、このウイスキーを育てる」


 確かに安い。匂いもいいが・・・・


「わかったよ。絶対育てろよ」

 サザンはこれを飲んだら、店を出る気になっていた。飯を食った方が、ましだ。



 ガシャン


 店の隅で、酒瓶が割れる音がした。若い男が、4人の男につっかっかっている。なのに、だれも、逆らわない。それどころか、恐怖の目を見開いて、許しを請う。


「何だ、あれ」

「あー、あれか。お前さん、ここは、初めてかい」

「ああ」


「ここが何で、城塞港って言われてるか知ってるか。その遺跡があったからだ」

「そうなのか」


「もちろん、今の人類の物じゃない。建物もないんだが、考古学者が、地下入口を発見した。それで、その助手をしていた、あいつの姉ちゃんと、考古学者が、中に入っていったんだ。考古学者は出てきたが、発狂していてな、あいつの姉ちゃんは、出てこなかった。城塞港は、まだできたばっかりの町だろ。保安官は、一人しかいない。そこで、あそこにいる連中が雇われた。なんでも、遺跡の情報だけでも取ってくれば、いい場所に店を出す許可をやるとか言われて、喜んでいたよ」


「それが、あの、ざまか」

「ありゃ、もう、だめだな」


 いい場所に店を出す許可か


 サザンは、今回暇だ。時間もある。助手の弟だったか、そいつに、もう少し話を聞く気になっていた。ここで話を聞いて噂になるのもごめんだと、一杯飲んで、店の前で待つことにした。



 助手の弟は、荒れていた。入口の柱を蹴り、唾を吐いて、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「よう、なんで、姉ちゃん助けに行かないんだ」

「なにを、あいつらが、おれを雇わなかったんだ」

「自分で行けよ」


「バカか、4人パーティーで駄目だったんだぞ」


「情報収集ぐらいできるだろ、何も考えないで、突っ込んでいったやつらの方がバカなのさ。おれは今、暇なんだ。それぐらいなら付き合わんでもないぞ」


 助手の弟は、サザンを上から下まで見た。サザンは、16に見えない。地球であどけなさを失くしたせいだが、火星の酒場で、年上の姉さん相手に背伸びをした結果だ。


 サザンの方こそ、相手は、年下だろうと、たかをくくっていた。背は低いし、可愛い顔立ちだ。


「それに、オマエ、まだ働けないだろ」

「おれは16だ」


 へっ、おれと同い年、まっ、正直に行くか


「おれもだ、おれは、火星から来た。初仕事だが、航行速度が3Gでまだ慣れない。今回は暇なんだ」


「ふっ、地球人め、おれだって働ける。おれは、3Gでもいける」

「それだけじゃないぞ、おれは、なんでもやると言った。なんでもだ。だからここにいる」


「おれも何でもやる」


 わかりやすいな、こいつ


「じゃあ、こうしないか。おれの雇主は、ここに拠点を築きに来た。遺跡のことが分かれば、いい場所に店を出させてやると、保安官は、言ったんだろ。とっかかりが分かる情報をおれの雇主に渡せたら、オマエを雇ってもらうように言う」


「一緒に、遺跡に行ってくれるのか」

「そうだ、危なくなったら逃げる。それでもいいか」


 相手は、仲間ができたと思ったのだろう。手を出してきた。


「おれは、キーンだ。姉貴を助けたい」

「サザンだ、さっきの逃げる話、聞いてたか」

「大丈夫だ。おれも逃げる。でも、サザンの雇主に遺跡の情報を渡せば、捜査してくれるんだろ」


 そりゃそうだろうなと頷いた。オレは、少し金がある。遺跡のことをもう少し詳しく聞きたいと飯に誘った。キーンは、すぐにでも遺跡に向かいたそうだったが、そういうものかと安い店を紹介してくれた。そこは、城塞港の管制塔にあるラウンジみたいな食堂で、びっくりするほど安い。




「遺跡の扉が発見されたんなら、金星政府が、黙っていないだろ。なぜ動かない」

 食事のプレートを大盛りにして、がっつきながら聞く。


「この浮島の地上に、魔法時代の遺跡があるからさ。それと関係があるんじゃないかって調べ中だ。これを発見したのは神官だ。そのパートナーがここで死んでいる。分かるか、神官のパートナーだぞ」


「冒険者の上か」

「そうだ」

「どんな遺跡だ」

「武器庫だそうだ。魔法時代のだぞ」

「そんなの使えるやついないだろ」


「だから大変なんだ。向こうは、使えるやつ対象にガードナーを設置している。おれらじゃ歯が立たない」


「城塞港の遺跡はどうだ」

「わからないが、姉ちゃんが言うには、生活跡があると言っていた」


「さっきの奴らは、ガードナーを恐れていたのか」

「精神攻撃系のガードナーじゃない。相手に呼ばれるのを必死になって振り切ったと言っていた」


「呼ばれただけで、あんなになったのか」

「そうだ、じゃあ、確かめに行こうとは、言ったんだが」

「恐怖を植え付けられたのかな。おれなんか、守るもの、何にもないけどな」

「おれは、姉貴だけだ」

「わかったが、おれは武器を持っていない。やばくなったら逃げるぞ」

「おれは、これかな」


 キーンは、ナイフを取り出して見せた。でも、10センチぐらいだ。


「無いよりましだが、精神攻撃だろ。出さないほうが得策かもしれないぞ」

「自分か、サザンに刃を向けるってことだな。お守り程度にしておくよ」

 大体の話は分かった。おれは、キーンについて行くことにした。

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