2-2 恐怖と甘美な誘い

 遺跡に向かう前にキーンをトーマに紹介した。キーンには、食堂で話したことを話せと言った。おれは、キーンに約束したことをトーマに話した。

「キーンも16か。いいぞ、とっかかりが見つかったら、すぐ帰ってこい。キーンも雇ってやる」


 二つ返事だった。


 道行、うま過ぎる話しだとキーンが聞いてきた。


「即答だったぞ。おれにも仕事をくれると言った。調子よすぎないか」


「アハハハ、トーマには弟がいるんだ。おれたちと同じ年なんだが、火星は、18まで教育課程がある。まだ学生だ。卒業して少し鍛えたら、おれたちを下につけると言っていた。分かるか、おれたちも、2年後には、一人前だ」


「なるほど、部下だが仲間か、悪くない」


「だろう、おれらの方が実践は上になる。言いたいことを言い合えた方が、いいに決まってる。下は、下だから、わきまえだけだろ。トーマは、友達になってほしそうだったがな」


 キーンは、いやじゃないと言う顔をした。




 城塞港の宇宙艇がいっぱい停泊している広いところを中心に向って歩く。キーンと会ってずいぶん経ったが、いつまでたっても夕方だ。宇宙艇の影が長く尾を引いていた。こんなのをずっと見せられたら、本当に自転周期が早まったのかと疑問に思う。

 まるで、時間が止まった中にいるようだ。キーンは、今が一番気候の良い時期だと言っていた。


「いつまでたっても夕方だな」

「今はすごしやすい時期だ。夜は寒いぞ。一か月ぐらいマイナス20度が続く」

「やっぱり自転は、早まっているんだな」

「1年で四季が4回あると思ってくれ。来年は、16回だ。分かるか。2乗の割合で早くなってる」

「いつ早くなるの、止まるんだ」

「一日が25時間程度になった時だろうと予測されている再来年にはそうなる」


「2年後か、ちょうどいいな」

「姉ちゃんを助けて、トーマの金星支部で働くよ」

「2年で、番頭は無理だぞ。でも、おれが火星本部か。いいかもな」


 まだ働いてもいない2人だった。



 宇宙港の中心部分は、空き地になっている。ここで、発掘調査が行われていた。発掘調査後は、確かに広いが、部屋のように仕切られた後を見ることができるだけだ。その中心付近にKeep OUTのテープが張られた場所がある。そこに、地下へと続く階段があった。


「なんか、鳴ってないか」

「高い音だ」

 それは、やさしいような、耳障りのような、甘い音だった。

「羽音だよな。虫がいるってことか、金星にはいないぞ」

「行けば分かる」


 サザンは、ラミアで、ガイア人のことを少し勉強していた。魔法時代の融合体が、生き残っていたとしても、全く不思議だと思っていなかった。小さいガイアは、必ずしも人と融合するわけではない。


「羽音より、甘い音の方が、いやな感じだ」

 キーンは、何か感じたらしい。


「音で誘うのは虫を捕食する方だ。そっちを気を付けろ」

 まだ、地下に入っていないのにこれか


 だが、サザンは、楽観した。

 本当に怖い奴は、急に襲ってくる。地球の時みたいに


「外まで、音が漏れてんだ。ここは、隠匿された場所でも何でもないって事だろ。行くぞ」

 キーンは、懐のナイフを撫でてから、ついてきた。本当にお守りにする気だ。



 地下への道は、石階段なのだが、そんなに古いものだとは思えない。階段を行き着く所まで下りると、もう、真っ暗だ。音はどんどん大きくなる。ライトをつけて周りを見ても、通路しか見えない。奥は、相当深そうだった。


「おい、なんだこれ、耳もとで聞こえるぞ」


「高周波の羽音だろ。不快な音だな。酒場の奴ら、この音を怖がったんじゃないか。だけど、甘い音が、この音がある方に誘うから、よけい怖くなったんじゃないか」


「これ、確認しないとだろ」


「手ぶらじゃ、トーマは納得しないだろ」

 サザンは、いちいち癇に障る羽音をあまり聞きたくないと、紙で、耳に栓をした。高周波は、低周波と違って、体にダメージを与えない。少し楽になったと、どんどん奥に降りて行った。


 10分ぐらい地下に下りただろうか、急に視界が開けた。人が住んでいたような跡が見受けられる。それも、さっきまで人がいたような感じがする。通路は、この広間から幾重にも別れていた。


 道は多いが、音がしている方向は、間違いなく前方だ。耳栓をしていたから気づかなかったが、キーンが足を止めた。ちょっと耳栓を取ってみると、広間で、音が反響して、さらに気味悪くなっていた。


 サザンは、キーンに、紙を渡して耳栓しろとゼスチャーした。こんなことなら、船外用の宇宙服を着てくればよかったと、思う。一度、引き返して、もう一度来てもいいかと思った。そう言おうと思ってキーンを見たら、勝手にふらふら、音がする方に歩き出していた。


「勝手に進むな。一度帰って、パイロットスーツ着るぞ」


 キーンは、片手をちょっと上げて、何言っているかわからないとゼスチャーしてきた。


「音に酔ったな」


 サザンは、出口の方を指さして、「帰るぞ」を大げさに口にした。


 キーンは、分かったと頷くのだが、足が止まらない。サザンは、キーンの肩を引っ張った。


 振り返ったキーンは、「わかってる、帰るんだな」と、言っているのに、目が、奥から離れない。サザンは、別の通路にキーンを緊急避難させた。焦ったサザンは、来た道を見逃してしまった。




 横道は、来た道ほど、羽音が反響していなかった。

「大丈夫か」

「おれ、音にやられたのか」

「帰ると言いながら、前進していたぞ。とにかくもっと奥に入ろう。まだ目が泳いでいる」

「すまん・・・」



 道なりに奥に進むと、ドアがあった。人が住んでいたあかしだ。サザンは、これを開け、中に入った。ドアを閉めると、うそのように静かになった。二人は、一安心した。


 部屋は、とても薄暗かったが、見えないと言うわけではない。ライトを消して目を慣らすことにした。


「姉貴の言った通りだ。人が住んでたんだ」


 質素な部屋だ。楕円形の大きな寝床に、机もある。天井には、結晶石が弱く光っていた。机の上にあるディスプレイは、透明なもので、天井の光を反射して部屋を演出していた。


「大人しい部屋だな。机のディスプレイも、森林をイメージしているのか。おれから見ると失敗だがな」

「暗すぎるからだろ。ちょっとライトを当ててみろよ」

「それもそうだ」


 ライトを照らしてはっきりした。これは、隠れ家から、森を見上げるような映像だ。ほとんどが、隠れ家で、天井に森といった感じだ。


「そらみろ、失敗作だ」

「おれは、地球に行ったことがないんだ。森は森だろ。それに、あの星みたいに光っている結晶石が、天井にあるじゃないか」

「あそこだけは、ほめてやるかな。これは、金星人の家か」

「違う、異質だ」

「部屋のディスプレイをかばってたじゃないか」

「森を知らなかったからだ。金星人は、どっちかというと、明るい真白い部屋や、キラキラが好きだ」

「じゃあ、これは、魔法時代の・・・・」


 おれは、この部屋を見回した。シンプルな部屋だ。魔法時代の部屋の映像は、神官の部屋などの遺跡に関わる部屋や、偉い人の部屋ばかり見ていて、庶民の部屋はあまり見ていない。たしかに、似通ったところがあった。


「魔法時代って、3億年前の話しだ、残っているわけがない」


 キーンはサザンの「魔法時代」と言う、つぶやきに、反論した。


「一般教養で、水の遺跡の映像を見せられただろ。現実にあるんだ。庶民の住居が残っていても不思議ない。なんせ、この浮島の地上には、遺跡があるんだからな」


「姉貴が一生懸命になるわけか」

 キーンは、さっきまで、人が住んでいたような部屋を見回し、姉経由で納得した。


「娯楽のない部屋だ」

 サザンも同意した。

「最近勉強したんだが、生きるのに必死だった人の方が多かったみたいだぞ。質素なもんだ」

「酒は?」

「いい質問だ。今度調べておくよ」


 二人は落ち着いた。


「耳栓したか。帰って宇宙服に着替えて再トライだ」

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