2-3 エリザ
部屋を出て、もと来た道を戻る。羽音が止まっていた。広い部屋に出て、サザンは迷った。
「すまん、慌てて横道に逃げ込んだから、帰り道がわからない」
「また、羽音がすれば、その反対方向だろ。それより、呼ばれている気が、するんだ」
「またか。じゃあ、その、甘い音の反対方向に行ってみるか。帰り道かもしれない」
「今だったら怖くない。甘い音の、元を探りたい」
キーンは、思ったより、肝が据わっていた。
「また、羽音が鳴ったら、酒場の連中の二の舞だぞ」
「耳栓があるさ」
「今、会話できているぐらいだ。ここ以上に、進むのは無理だ」
「行けるだけで、いいんだ」
「身内の心配は、分かる。羽音がしたら、耳をふさいで逃げる。守れるか」
こうして、先に進むことになった。
しばらく歩くと、サザンにも甘い音が聞こえてきた。ハープを奏でているような音だ。さっき、キーンに、娯楽がないと言ったのを撤回しないとまずそうだった。
「すまん、音楽はあるみたいだな」
そう言って、キーンに振り向いた。キーンは、そんなの聞いていない。また、音の方に、ふらふら歩いている感じだ。
やばい。この音の方がやばいかもしれない
前方を見ると、薄明かりが見えた。この音の音源が近いと感じた。
「キーン、引き返すぞ」
そう、言うのが早いか、また、羽音が鳴りだした。今度は、狂おしいぐらいに響き、耐えられそうにない。サザンは耳をふさいだ。
キーンを見ると、耳をふさいではいるが、その場にうずくまっていた。何かぶつぶつ言っている。たぶん、「逃げたいけど、あの甘い音が呼ぶんだ」と言っているのだろう。
サザンは、キーンの腕をつかんだ。
今度は、サザンが危険な状態になった。耳をふさいでいた手を離したからだ。
くそっ 勝手に足が、奥に進みやがる
サザンは、キーンを置いて、奥に進んだ。終着地は目の前だ。
それは、そこにいた。蜘蛛の化け物が網を張ってその先に進めないようにしていた。この蜘蛛が、蜘蛛の巣を歩くたびに音を発していた。サザンは、大声で、この蜘蛛に声をかけた。話が通じなかったら、死だ。
「ガイア人か、ガイア人なんだな」
蜘蛛は、巣から降りて、サザンに向かってきた。8本のある足の頭に一番近い足を手のように使ってサザンの腕をつかんだ。
見込み違いか?
蜘蛛は、サザンの耳に糸を吹きかけた。うそのように羽音が聞こえなくなった。
「死にたいの?」
女か!
「違う、キーンの姉ちゃんを助けに来たんだ」
「私?」
蜘蛛は、おとなしい動物だ。のんびり話してるように聞こえる。
「お前、宇宙の宝石と融合したのか」
「オマエじゃないわ。エリザよ」
「何で話せる」
「糸電話、知らないの」
頭を振って、人のようなしぐさをする。蜘蛛は、昆虫ではない。節足動物だ。蜘蛛は、昆虫を捕食する益虫だ。(虫とは、生き物全般の意。蟲が本来の虫)
「キーンもそこまで来ている。会うか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・。
蜘蛛は、大きな目をいくつか持っていた。体は、銀色で、この薄暗がりに浮かんで見える。目は、何度も、弱い光彩をにじませた。
「やめとく、キーンが、この姿を見たら、発狂するから」
「今でも、羽音で、発狂しそうなんだ」
「あれは、異空間の虫よ、遺跡の番人。ガイアがここに放ったの。私は、その虫を、人の世界に行かせないガーディアンだったみたい。眷属が一人もいないけど、また、増やすわ。私の糸をキーンの耳に入れて。羽音が消える」
「眷属?オマエ・・」
「エリザよ」
「エリザが、始祖なのか」
「そうみたい。ガイアの記憶があいまいなのよ」
「理解した。エリザが、こっち側のガーディアンだ。眷属は、人で作るんだろ」
「今、呼んでる」
「悪い、しばらくやめてもらえないか。おれたちが、事情を知らせる。キーンを眷属にしたいか?」
「キーンは、シスコンよ。私のことを知ったら、喜んで、そうするかもしれない。でも、いやだわ。キーンは、人でいてほしい。しばらく一人で頑張る」
「良かった。たぶん、トーマという男が、ここの保安官と来る。そいつらも、助けてもらえるか。言ってる意味わかるか」
「私が、ここで生きるためね」
「そうだ、犠牲者は、必要だが、選べることが分かれば、パニックにならない。それに、眷属が必要なことも、ここに来れば分かる」
「詳しいのね」
「頭を覗いてみろ、知りあいに、始祖がいるんだ。そいつは火星で、うまくやっている」
エリザは、また、何度も目に光彩をにじませた。
「ラミア族。本当だったら、騎士様に滅ぼされてる」
「だろ、呼んでいるやつは、もう切り離せないのか」
「そうよ」
「そいつらは、ここで暮らせんだろ」
「私には逆らえなくなるけど、みんな長生きだと思う」
「外にも出れるのか」
「この浮島なら、私も」
「十分だ」
「あなたも、ここで暮らす?」
「頭を覗いたんだろ。おれは、ラミアと家族になる」
「でも、音を聞いた」
「トーマに言って、すぐここを起つ」
「うそよ、キーンはそうだけど、先約のマーキングがあるものね。キーンをお願い」
「そうか、おれは、また来るよ。エリザ」
「嬉しい」
「おれの名前は、サザンだ」
「知ってる」
急に甘い音が消えた。蜘蛛の糸で奏でていたのだろう。
サザンは、キーンを連れて、ここを離れることにした。キーンの所に戻ると、キーンは、目から涙を流しながら膝をついて、手で、耳を抑えたまま、祈りのポーズをしていた。
恐怖と、甘美な誘いか 狂おしいよな
サザンは、キーンを急き立てた。
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