2-4 いつまでも続く夕方
トーマは、おれの話しを信じた。ラミアの時も正直に話したからだ。
「その、眷属と言うのは、蜘蛛なんだろ。町に出していいのか?」
「興奮させなけりゃ、蜘蛛の姿には戻らないのは、ラミア族と一緒じゃないか。始祖以外は、眷属を作れない。後は、付き合ってみないと分からないけど、異次元の虫が危ないのはよくわかった。蜘蛛が、浮島を守っている」
「わかった、保安官に話そう。キーンは、すぐ火星に送るべきだ。始祖一人だと、守るのはきついんだろ」
「休めないからな。あの話は、キーンに内緒だ。蜘蛛に頼まれた」
「いい姉さんじゃないか、美人だったんだろ」
「そうかな、今は、人形に戻れないだろ」
トーマは、笑いながら、サザンの肩をたたいた。これで、この浮島に拠点が作れる。
キーンの部屋に行くと、キーンは、自分が役立たずだったことを呪っていた。何もできなかった。
「キーン、蜘蛛との約束を果たせそうだ。トーマは、保安官と蜘蛛の所に行く」
「そうか・・・・」
「落ち込むな、オレと一緒にいたんだ。トーマは、そう、思っている」
「一ついいか、姉貴は、死んでいたのか。蜘蛛は何て言ってた」
「悪いな、蜘蛛は、復活したばかりだ。記憶があいまいだと言っていた。もし、お前の姉ちゃんが、異次元まで入っていたら、助からないだろうな。おれも、蜘蛛に助けてもらえなかったら、危なかった」
「おれたち、命拾いしたんだな」
「アウトローなんて、そんな者だろ」
「命を掛けるなんて、なんでもないが、あの音はごめんだ。ここに来たら、お前の命はないと言いながら、こっちにいらっしゃいと誘う。分けわからない」
「蜘蛛が守ってくれてんだ。それでいいだろ。蜘蛛の糸を耳に入れて分かっただろ。それから、トーマが、雇ってくれると言ったぞ。火星に来るか?」
「行く」
「姉ちゃんは?」
「今のおれじゃあ無理だ」
「悪かったな」
「サザンは、悪くない。ありがとう」
「蜘蛛が言っていた。甘い音を聞いたら命がないそうだ。だが、最後にもう一回会うと約束した。トーマを送る約束が果たせたからだ。そういう約束で、あそこから出してもらった」
「だろうな、おれは?」
「約束していないだろ。無理することはない」
「すまん」
「バカ、謝るな。おれとコンビを組んだんだ。よろしくな、相棒」
キーンは、作り笑いをしておれの握手に答えたが、目は、なんでもやってやると言う目をしていた。
トーマが、保安官と戻ってきた。キーンにパスポートを渡すためだ。
保安官は、パスポートをキーンに渡す前に、きついことを言っていた。
「いいか、命が惜しかったら、二度と、イベーヌの浮島に来るな」
エリザに言われたのだろう。キーンは、真摯にこれを受け取っていた。トーマも、すぐ火星に発った方がいいと火星便のチケットを渡していた。そして二人は、サザンを見た。
「サザン、蜘蛛が会いたがっていたぞ」
「行って来い、サザン」
サザンは、キーンと目を合わせて頷いた。どうせ、城塞港に行くのだ、キーンを火星便に見送って、地下に向かった。キーンは、逃げ出すように出ていく自分を呪っていた。だけど、足手まといにもなりたくない。だから、「お守りだ」と、ナイフをくれた。
火星便が城塞港を出立すると、また、甘い音が鳴りだした。蜘蛛の音だ。それは、浮島全体を優しく包み込むように夕暮れの街に響いた。そして、キーンが出立したのを悲しむように響いた。
遺跡の入り口に行くと、あの、酒場の4人が、サザンを待っていた。
「サザンか!」
「そうだ。大丈夫か」
「保安官から事情は聴いた。おれたちは、金星人だ。覚悟を決めたよ」
みんな口々に、そうだと言う。
「強いんだな」
「そんなことはないぞ。少し、ガイア人のことを知ってるだけだ」
「おれは、酒が飲めればいい」
「なんだ、女は、ダメになるのか」
「すまん、5分5分だ」
「長生きなんだろ」
「それは、そうだろ。ガイアは、何億年も生きる。その眷属だからな」
「おふくろに自慢するよ」
「糸を分けてくれ、発狂したくない」
サザンは、キーン用にもらった糸の束を皆で分けた。自分のは、奥に吹きかけられたままで、ここでは取れない。
異次元の入り口まで、あのハープのような音だけを聞いて来たせいか、最初来た時と違って、全く恐怖を感じなかった。
全員大蜘蛛のエリザを見たのだが、誰も恐怖しない。
「待ってたわ、あなたたちも。サザン、キーンを見送ったのね。見せて」
サザンは、エリザの前に立った。
「気を付けて、その先は、異次元よ。黒い影が見えるでしょ。あの虫たちは、人の血を吸う」
「エリザが守ってくれるんだろ」
「うふ、男らしくないわね。いいわ、守ってあげる」
そう言って、また糸を吹きかけた。そして、キーンの姿を目に焼き付けた。
「ありがとう」
「泣くなよ」
「今は、涙腺が無いの、後で泣く」
自分の仕事も終わったと思った。
そこに、エリザの上司だった教授が現れた。エリザが呼んでいたのだが、教授には、蜘蛛の糸が耳にない。エリザの姿を見たら、急に走り出した。右手にパワーガンを持っている。
4人の男たちは、荒くれだ。教授からパワーガンを何とか取り上げた。どう見ても、教授は狂っていたが、その奥底は、エリザを躊躇させるものだった。
「オマエが、エリザを殺したんだ。エリザを返せ」
そう叫ぶ教授に、エリザが、情をかけて話そうとしたとき、教授は、エリザの後ろが明るいのを見て、そこに、逃げ込んだ。
「だめよ!」
蜘蛛の巣を潜り抜けるように教授は、異次元の扉を超えた。そして、サザンを助けるように、引っ張った。エリザが手を伸ばしたが、間に合わなかった。サザンも、異次元に消えた。
「バカ!」
そこは、湖のほとりだった。サザンは、大量の蚊を見た。それも、20センチ近くある。教授は、振り返って、サザンを見た。
「すまん」
そう言って、サザンの楯になるように両手を広げた。
「教授ー」
本当に真っ黒になるのではないかと思えるぐらい蚊が教授にとりついた。
「ギャー」
教授の断末魔の叫びは、一瞬だった。すぐ崩れ落ちて動かなくなった。なのに、蚊たちの、捕食行動は収まらない。
「もうやめてくれ」
サザンが目を背けたとき、エリザの声が聞こえた。
「大丈夫よ。糸は切れていないわ」
そうだ、エリザは、サザンに糸を吹きかけていたのだ。4人の荒くれが、サザンを引っ張った。ただ、不思議なのは、蚊は一匹もサザンに襲ってこなかった。
助かったサザンは、エリザに教授の最後を話した。
「教授は、おれを守って死んだんだ。最後に、すまんと言っていた」
「サザンが生きていてくれてよかった」
エリザは、泣けない。教授の死も後回しになった。荒くれたちも、ほっとした。
「オマエは、おれらより若いんだ。死ななくてよかった」
「蛇の姉ちゃんと結婚すんだろ」
「サザンは、おれらの仲間だからな」
そう言って、肩をたたかれた。
暫くして落ち着いたサザンは、本当の別れをした。エリザは、「また来るのよ」と言って、耳に糸を吹きかけてくれた。ほかのみんなも「また来いよー」と手を振ってくれた。4人は、これから、エリザに糸でぐるぐる巻きにされ、その繭の中でエリザの眷属に生まれ変わる。悲観もしていなく、清々した顔が印象的だった。
帰り際、エリザの糸から、また音が聞こえてきた。とても、やさしい音だった。たぶん、4人への子守歌なのだろう。サザンは、思い出した。蚊は、自分を襲わなかった。あの時は、教授のことで、それどころでなかったが、エリザの糸が助けてくれたとも思えない。今度、来たとき、聞こうと出口を出た。
外は、相変わらずの夕方で、今までのことを一瞬のように感じさせた。
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