3話 ア・モーラ
3-1 小惑星エロスの宇宙港
小惑星エロスの宇宙港にある倉庫街は、きらびやかな街と違って夜になるとほとんど人通りが無くなる。その薄暗い通りより、さらに薄暗い路地に男がいた。その男は、隠れるように宇宙港を見ていた。
男は、真新しいパイロットスーツを地面にこすりつけて汚し、それを洗いざらして、何年も、アウトローの仕事をしているかの様にしていた。
サザンは、パワーガンを腰に下げてはいるが、まだ、ちゃんと使えない。セーフティは、2重になったままだ。結局、相棒のキーンからもらったナイフをお守り代わりに触っていた。
街の方から、ひたひたと、女の足音が聞こえる。ナイフをジャケットに仕舞って、暗いところに身を潜めた。
サザンは、人に会いたくない仕事をしていた。実際は、大したことは無いのだが、初めての仕事だ。気は、抜けない。
ところが、女は、サザンを見止めて立ち止まった。
太った女だ。痩せれば、とてつもなく美人なのだろう、そんな、顔立ちだ。だが、太っている。
「助けて」
よく見ると、女は、靴を履いていない。よほどの事情かあると察した。
「オレにかまわないでくれ」
「でも・・!」
その女と、大して押し問答もしていないうちに、女を追いかけてくる複数の男の足音が迫ってきた。誰もいない倉庫街に、その、カツカツンという大勢の足音が響く。
「助けて」
そう言って、女は、サザンの後ろの、更に暗いところに身を潜めた。
数人の街の人間だろう男たちが、サザンがいる路地までやって来た。どうやったのか、女を見つけたようだった。
「おい!」
5,6人はいる。男たちは、女を囲んでいるつもりだろうが、サザンから見れば自分を囲んでいるように見える。
「女を出せ」
女は、サザンのジャケットをぎゅっと握っている。
「おれの女だ。用事を言え」
好戦的な男たちだろう。だが、町の男だ。なりたてだが、アウトローのオレが、引き下がるような相手ではない。2重ロックが掛かっているパワーガンをとりあえず触ってみた。
「おまえの女か」
男たちは、あっけにとられたような顔をしてサザンを見た。
「そうだ」
「だったら、外に出すな」
最初に声をかけてきたやつが、他の奴に振り返る。
「こいつの女、なんだとさ」
「ちっ」
「ばかか」
「もう、部屋から出すな」
そう、悪態をついて帰って行った。サザンは、あっけにとられた。
「ありがとう」
薄暗がりから自分を直視しているこの女は、妖艶と思えるぐらい美人なのだが、ぽっちゃりしているので、とてもあどけなく見える。不思議な女だ。
「もう、行っていいぞ」
「いやっ! あなたといる」
「なんで?」
「助けてくれたから」
まあ、いいか
サザンは、火星の酒場で、姐さん達の相手をしていた関係で、女を守る癖がついている。それも、仕事の内だったからだ。
「落ち着いたら帰れよ」
そう言って、泊まっているカジノの部屋に、この女を連れ込んだ。女は、黙ってついてくる。
カジノ従業員の宿泊施設を使わせてもらっている関係で、誰にも認められずに彼女を連れ込むことができた。
「なんて名だ」
「モーラ」
「何で、男たちに追いかけられてた」
「食事をしたから」
「なんだ、それ。じゃあ、夕飯は、いらないな。オレは、カジノのラウンジに行く。後は、好きにするといい」
食事を済ませて部屋に帰ったら、モーラは、もういないだろうと、サザンは、思った。だから、キーンと二人だけでやる初仕事に気持ちを切り替えた。
小惑星エロスは、地球と火星の間にある小惑星で、宇宙規模のイベントに使われることで、有名だ。そうなる理由は、ここに巨大なカジノがあるからだ。実際は、宇宙規模の株式や銀行が集まっている経済惑星なのだが、カジノのおかげで、観光地化され、ここの経済は、観光で成り立っていると客の誰もが思っている。
サザンは、エロスと、火星を往復して物資を調達する仕事をトーマから任された。相棒のキーンは、地球担当だ。サザンは、地球から逃げ出しているから帰れない。
「キーンと二人で、やっと一人前だな」
トーマは、笑いながら、この仕事をくれた。
それでも、二人の鼻息は荒い、初めて人の下に就かない仕事をトーマからもらった。キーンは、地球の物資をさらに火星に横流しする仕事も受けていた。サザンは、トーマに、やる気を見せてはいたが、キーン待ちで実際は、暇だ。することもないのに宇宙港を毎日うろうろした。そして、また、宿泊させてもらっているカジノに帰る。そんなことを繰り返していた。
サザンの面倒を見ているのは、数あるカジノの中でも有名なやり手オーナーのザンパだ。癖のある男だが、トーマの兄貴分で、面倒見が良い。いつも、カジノの一番奥にあるラウンジの、その、さらに奥にあるカウンターに座っている。
トーマは、「もう、火星に帰る」と、ラウンジで、食事を終えてセルボウィスキーを飲んでいるサザンに言い、奥のカウンターのザンパにサザンを頼むとお願いした。
ザンパの祖先は、フランス人だ。だからか、洒落た格好をしている。酔っていないときのザンパは、カジノの経営者然としているのだが、酔うと、うらぶれたフランス人のようになる。それも、酒癖が悪い。誰にでも絡むものだから、その時は、従業員ですらザンパに近づかない。
「あいつか、ずいぶん肩入れしているそうじゃないか」
「サザンか! そりゃそうさ、金星に拠点を作ってくれた。ザンパの仕事もそのうちやらす」
「いいが、様子を見させてもらうぞ」
「珍しいな」
様子を見ると言うことは、サザンの面倒を見ると、いうことだ。
「ふん、様子を見るだけだ」
トーマは、「やっぱり珍しいな」と、ザンパの肩をたたいて火星に出立した。
カウンターの奥から、フラン系の黒人で、ちょっと身長が高めの絶世の美女が出てきた。従業員でも、なかなか見ることが出来ないザンパの共同経営者だ。
渋い顔をしているザンパと違いアンは、ニコニコしながら現れた。ザンパに、ワインを勧めながらサザンを見た。
「あの子ね」
「サザンだ」
アンといるときザンパは、二人で、ワインを飲む。
「可愛いじゃない」
「そうか?」
アンは、珍しく金色の目をしてサザンを見た。
「でも、女運悪そう」
「だよな、アン、気にかけてやってくれ」
「わかったわ」
ザンパは、苦い顔をしたが、アンは、大丈夫よと、耳元で囁く。二人は、ラミアの母親にサザンを頼まれていた。トーマも悪くないのだが、独り立ちさせたいらしい。ザンパには、酒の飲めない友達がいる。セルボウイスキーを飲んでいるサザンを見て、「それよりは、ましか」、などと一人五知した。
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