1-4 親父の死にざま

 一ヶ月の中では、二人とも普通にベッドで寝ていたときもある。そういう時は決まって、昼間、けんかした時だ。ケンカの理由は、本当に他愛のないものなのだが、二人とも譲らない。それで、背中を向けて寝る。でも、夜中に、どちらともなく抱き合っていて、朝起きたら、目の前に顔があり、「おはよ」と、ラミアがニコッとする。そうすると、サザンは、なんでもよくなり、仲直りする。


 ラミアは、自分からすれば、ラミーの愛称で、酒場の姐さん達の人気者になった。


「ほんとっ、ラミーの食事は美味しいわ」

「サザンにはもったいないわ。うちの嫁に来ない」

「姐さん、嫁って」

「いいじゃない。うちだったら、三食昼寝付きよ」

「わたし、デザートも作れるんです」

「うれしい、作って作って」

 そう言って姐さんたちはラミアの周りに集まるのだった。



 酒場の親父が言っていた1ヶ月になろうとしたとき、ラミアが、自分のことを話した。それは、余命がない人にとって、最後の希望のような話だった。この時おれは、ラミアを自分の一部のように思っていた。そう、思っていたのは、自分だけだった。


「私が、一族を産んだのよ」

「そりゃあ、始祖っていうぐらいだからな。エェッ、ちょっと待て。初体験は済んでいるってことか」

「それが、最初のは、覚えていないの。でも、次からは、大体ね」

「なんで、おれとはダメなんだ」

「愛し合うのと違うから。マーキングして、食べるだけよ」


「マーキング? これか」


 自分の脇腹を見せた。


「ごめんなさい。最初のだと思うんだけど、覚えていないの」

「だよな、おれもだ」

「そうすると、普通は、麻痺して動けなくなるのね。それも、今まで味わったことがないほどの快感を感じるんだって」

「そんなことなかったぞ」

「だから、覚えてないのかな。で、一気に丸呑みするんだ」

「相手、死んじゃうだろ」


「そうよ。そのままだと、人の中には入れないって、巫女様が、託宣をくれたのよ。はい、これ」


 それは、透明で黄色い小さな宝石だった。


「なんだ、これ」


「触っちゃ、ダメ。死んじゃうのよ。これは、人の記憶を記録する石よ。でも人の世界では、使えないものよ。これを相手に飲ませて飲み込むの。ただ飲み込んだだけだったら、小さな結晶石になるだけなんだけど、これと一緒だと、その人の記憶を持った結晶石になるのよ。それだと、人の技術で、ここから記憶を出したり、記憶したりできる。その後も生き続けることができるの」


「よくわからないけど、サイボークか」

「そんな感じ」

「で、おれは、なんで、そうなっていないんだ」

「何でだろ。一族を増やすのと、お嫁さんになるのは違うってことかな」

「姐さん達に感化されたな」


「どうだろ、お嫁さんと、どっちがいい?」

 即答だった。


「そりゃ、嫁だろ」

 ラミアは、フッと笑ってキスした。

「わたしも」


 ラミアは、今まで、そんな石を持っていなかったのに、なぜか、今は、持っている。その意味は翌日の夜わかることになった。



 酒場に行くと、親父が休んでいた。カウンターには、いつも早目に上がってくる姉さん達3人がいた。


「親父は?」

「マスターは、1週間休むって、1週間したら、びっくりするぞって言ってた。ラミーは?」

「まだ来ていないのか」

「えーっ、知らないの。私たちが作った夕食だと、みんなに、怒られる」

 嫌な予感がしたが、自分がいないと、店が回らない。ラミアは、携帯にも出なかった。親父のことをトーマに聞いても、1週間暇をやったとしか言わない。

 店が引けて、姐さんたちにかたずけを任せたおれは、アパートに急いだ。胸騒ぎが収まらなかった。



 部屋に入って、何が起きたかわかった。部屋に白い蛇がいたからだ。おれは、怒りを抑えることができなかった。


 サザン!


「オマエ、親父を抱いたのか」

 仕方なかったの


 バシッ


 ラミアの言い訳を聞くより先に手が出た。平手打ちが、蛇になったラミアに効くとは思えなかったが、ラミアは、泣いた。


 こうしないと、サザンと1ヶ月も一緒にいられなかったのよ。私のこと、言わないでって言ったのに話したのは、サザンじゃない

 泣きながら叫ぶ。


「そうだが、なんで言ってくれなかった」


 うっ、うっ、それに、サザンのマーキングが気になったの。普通だと、サザンは、もう死んでいるわ。マスターが身代わりになるって言ったのよ


「・・・・・・・・・・それで」

 私の生理は1ヶ月よ。今日がそう

「・・・・・・」


 ラミアのお腹は、人を飲み込んで、大きくなっていた。ラミアは、ベッドには居ず、床でとぐろを巻いていた。親父は気持ちよく逝ったのだろうが、ラミアは、情をおやじにかけなかった。


「もう、一緒にいられないのか」


 卵を産むのよ。火星政府に連絡して


これ以上、言葉がなかった。おれは、泣きたいのを我慢して、ラミアが言った番号に連絡した。

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