1-2 ラミア族

 質屋でドレスを売って市場に出た。質屋に売ったのに1200クレジットもくれた。


「それで、1ヶ月食って行けるぞ」

「いやっ、服買うの」

「よくあんな高いもん売ったな」

「貰っただけだし」

「美人は得だよな」

「今、ほめた」

「あきれただけだよ」

「私が作った料理食べたら、もっと褒めたくなるよ」

「だから、ほめてない」

 こんな感じで市場についた。


 市場は、旧市街に立つ。グラシアスオアシスの旧市街は、透明アルミドームの中にある。サザンは、ほとんど、酒場とアパートとの往復だったから、こんな時間に来たことはなく、とても新鮮だった。火星の市場なんて、どこも、こんな感じなのだろう。ラミアは、慣れた感じで、パン屋に行き、肉屋で、ベーコンを買った。卵を買っていると、八百屋の兄ーちゃんが声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、ここは、初めてかい。ひいきにしてくれたら、安くするよ」

「いいわ、じゃあ、ジャガイモ」

「あいよ、そっちは彼しかい」

「兄よ」

「そうかい、もう一個おまけだ」

 何となく小声で聞いた。

「彼氏でいいだろ」

「わかってないなー ジャガイモ一個、おまけしてくれたでしょ。これで、ベークドポテト作ろうかな」


 そんなもんかと、思った。ラミアと市場を歩いていると、自分も地元の人間になったようで楽しい。もうちょっとで、人間やめるところまで追いつめられていた地球と大違いだ。サザンは、火星が好きになった。



 アパートに帰って遅い朝食を取った。もうお昼だ。その食事は、びっくりするほどおいしかった。普通の家庭料理に、泣きそうになった。ラミアは、ニコニコしながらサザンを見た。


「泣くほどおいしかったの?」

「泣いて無い。でも、おいしいよ。これなんだ、ベーコンとジャガイモ」

「ベークドポテトよ」

「家庭料理だよな。また食いたい」

「早く帰ってきたら、いいわ。夜中に食べるの、よくないもの」

「ここにいてくれるんだ」

「いやなの?」

「めっそうもない。ラミア様さまだよ」

「なあに、それ」

 二人で笑った。本当に久しぶりに笑った。


 食事が終わって、ラミアが、自分の名前をごまかしたいと言ってきた。うちに住み着くぐらいだ、過去を隠したいのだろう。なんだかよくわかる話だ。


「だから、ラミーって呼んで。部屋の中は、ラミアでいいわ」

「わかった」


 おれは、最初の目的を忘れて、家族っていいなと、思ってしまった。




 酒場に行くと姉さん達が、おれに集まってきた。昨日の成果を聞きたいのだ。


「初めてだったんでしょ。どうだった」


 ここで、虚勢を張ることもできただろうが、ラミアにずいぶん癒されていたので正直に話せた。


「起きたら、朝だった」


 姉さんたちは、大笑いだ。


「きゃーバカね」

「セルヴォウイスキーをがぶ飲みするからよ」

「じゃあ、彼女、怒ったでしょ」

「どうかな、もう、昼だったけど、朝食作ってくれた」

「へー、いい子じゃない」

「じゃあ、まだ部屋にいるのね」

「なんで、わかるんだ」

「わかるわよ ねー」


 3人とも、よくわかる話らしい。


「今晩は、頑張んな」


 そう言って、背中をバンバン叩かれた。姉さん達は、酔っていないのにこれだ。

 それで、親父まで、おれを応援してくれた。今日は、早く上がっていいと言ってくれた。 だからといって、アパートへの連絡手段は、ない。今から夕食を作ったんじゃあ、夜中になる。今日は、あきらめて、明日、連絡用の携帯BOOKを二つ買おうと思った。


 部屋の前に着いた。自分は、何年も言ったことがない言葉を口にした。


「ただいま」

「お帰り、早かったのね」

 部屋の扉を開けるといい匂いがした。シチューだ。

「夕飯食べた?」

「まだだ、いい匂いだな」

「明日のお昼用だったんだけど、たぶん大丈夫よ」


 おれは、家庭料理になれていない。また、泣きそうになった。


「うまいな」

「えへ、うれしい」

「誰に習ったんだ」

「巫女様よ」

「ミコ!ふうん変わった名だ。日本人だな」

「わかるの、でも、アメリカ仕込なんだって」

「ボリュウム系だもんな」


 ラミアは、ニコニコしている。こんな風に時間のかかる食事を男の子に作ったのは、初めてだと言っていた。


 食事が終わり、後片付けに厨房に向かうラミアを見送った後は、どきどきして、落ち着かなかった。ソファに座り、TVを点けたが上の空だ。厨房では、ラミアが、皿を落としそうになって「キャー」とか言ってる。たぶん同じことを考えているのだろう。


 今日は、酒を飲んでいない。自分が持っているものだけで勝負するしかなかった。ラミアは、洗い物もそこそこに、ソファにやってきて横に座った。


 いい匂いがする。女の子の匂いだ。


 グラシアスオアシスは、温暖なところだ。特にドームの中は、太陽光で熱せられる。ラミアは、Tシャツにシースルーの重ね着にミニという地元の娘のスタイルになっていた。


「可愛いかっこうしたな」

「安かったのよ」

 そう言って、おれの腕を取ってきた。


「巫女様は、騎士様といつもこうしていたわ」

 身体を預けてきたし、胸も腕に当たる。おれは、自然とラミアの背中に手を回した。急に腕を外されたラミアが、おれを下から覗き込んだ。


「ラミア」

「うん?」


 キスした。


 さっきまで怖がっていたのが、うそのようだ。柔らかい唇、舌が少し出ていた。それで、自分も舌を出し、ディープなキスになった。ラミアは、それに慣れていなかったのか、慌てた。


「キャッ」と、いってベッドの方に逃げた。


 おれは、追いかけて行ってラミアを抱きしめた。


「ごめんなさい」

「いいんだ」


 そう言って、またキスした。今度は、長いキスになった。

 TVは点けっぱなしだ。深夜のニュースでは、怪奇事件特集をしていた。それをちらっと見ようとするラミアをベッドに押し倒した。



 二人は興奮した。



 ラミアは、光だし、白くなっていく。目も口も、そのまま面影があるのだが、ラミアは、白い大蛇になった。長い金髪もそのままだ。いったいどうなっているのかわからない。体長は、10メートルにもなった。身体は、人の面影すらなかった。


 化け物が目の前にいるのに、これは、ラミアだと確信し、愛おしさも消えなかった。


「ラミアか?」

 ごめんなさい


 それは、人の言葉ではなく、頭に直接響いた。


「どうなってる」

 私は、ガイア人よ。ラミア族なの

「じゃあ。ミコというのは、ガイアの巫女のことか」

 そうよ


 こんな状況、もっとパニクッてもいいはずなのに、頭がさえる。


「元に戻れないのか。これじゃあ愛せない」

 サザンが興奮させるから、むり

「肌は、さらさらして、すべすべなんだな」

 恥ずかしい


 仕方なく、着ていても意味がなくなったTシャツや下着、スカートをソファに投げた。


 おこったの?


「びっくりしたさ。なんで言ってくれなかった」

 嫌われると思ったから


 ここで、サザンは、酔っていないのに普段言えないことを言った。


「ラミアのことは好きだ。でも、その前に家族になった。ごはんを2回一緒に食べただけだけど、そう思ったんだ」


 うれしい!



 深夜の怪奇事件特集は、行方不明になった男たちの特集だった。そこには必ず同じような小石が現場に落ちていた。黒いシリコンの小石で、特殊な解析をすると、男たちの悲鳴が聞こえた。

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