ゴキョウサザン

星村直樹

ア・モーラ

1話 白い蛇ラミア

1-1 白いドレスの女

 ゴキョウ・サザンは、何とか火星まで逃げることができた。もう、地球には帰れない。不法入国だが、今の火星なら、そんな奴いくらでもいる。火星のオアシスの中でも、そんな奴らが暮らしやすいグラシアスオアシスに落ち着いた。ここは南半球で、首都から遠い。


 仕事は、なんでもやると世話人のトーマに言った。汚い仕事だろうが危険な仕事だろうがだ。トーマは、そうなるまで、酒場でバイトしろと、こづかいをくれた。


 酒場の主人サムは、なぜか、サザンに肩入れした。そう、聞くと、いい話に聞こえるが、サザンは、未成年だ。だから、酒を飲ませてもらえ無かった。しかし、自分が稼いだ金なら、客だ。サザンは、酒が飲みたくて一生懸命働いた。



「ヘイ、彼女、一緒に飲まないか」


 酒を口に含むと勇気がついた気がする。サザンは、年ごろだ。酒場の姐さん達は年上ばかりだが、同い年の女より開放的な気がする。だから、話しが、したかった。


「子供が、こんなところで飲んでんじゃないよ」

「16は、子供か?」

「子供だろ、いいから、ちゃんとバイトしなよ」

「今日は、自分の金で飲んでんだ」

「はいはい、もうすぐ男が来るから、あっちに行ってな。ふっ、その内相手にしてあげる」


「絶対だぞ」


 そんな感じで、あまり取り合ってもらえない。これを執拗(しつこく)やると、店の親父に殴られる。


「オマエ、普通に彼女を作れ」

「いいや、店の姐さん達がいい」

「みんな仕事でここにいるんだ。仕事と、自分は、分けるんだ。じゃあないと、早死にする。解ったか」


 そう言って殴られる。何となく親父の言っていることは、分かるのだが、目の前にいる女にどうしても興味がわく、だから、仕事が明けたら自分の金で酒を飲んだ。



 そんなある日の深夜、仕事が引けていつものように口に酒を含んだ。周りを見ても、みんな仕事に出かけたのか客がほとんどいない。


 珍しくカウンターに見たことがない女がいた。白いワンレンのドレスを着た女だ。男と来ていたはずなのに、一人で飲んでる。おれは、カウンターにマスターがいるのもはばからず、その、女の横に座った。珍しく親父(マスター)が怒らない。よく見たら、おれと変わらない年頃だった。


 この店の近くにクラブがある。そこで踊っていた娘だろう。連れの客はトイレから出てこない。たぶん酔い潰れる。酔った勢いもあるのだが、おれは、普通に声をかけた。


「見かけない顔だな。おれは、サザン。ここでバイトをしているんだが、もう引けたのさ」

「ラミアよ」

「連れの男は?」

「知らない」

「だよな」


 マスターが気を使ってくれた。カウンターには、姉さん達3人が隅の方に集まり、くすくすしている。


「お二人さん、あそこの御嬢さん方のおごりだ」と、言ってセルヴォウイスキーをロックで出してきた。おれにはきつい酒だ。でも、その晩から、一番好きな酒になった。


「じゃあ、おれたち出会ったってことで、カンパイ」

「うん」


 姐さんたち、ありがとう


 その後は、他愛のない話だが、どこから来たのか聞いた。赤道オアシスだと言うが、おれは、火星に来たばかりで、よくわからない。正直にそう言い、地球出身だと答えた。


「アースなの!」

「火星だと、そう言うんだ」


「私、アースの料理を習ったことがあるわ」

「本当か、食ってみたい」


「えー家庭料理だよ」

「もう、3ヶ月食べてない。家庭料理は、3年だ。食いたい」


「いいけど、今日、泊まってもいい?」


 どうやって、アパートまで引っ張っていこうかと思っていたのに、自分から来てくれると言った。


「いいのか、親が怒るだろ」


「親はいないの」

「おれと一緒か」

「どうしてっていうとね・・」

「いい! オレも話さないから」

 おれは、セルヴォウイスキーをがぶ飲みした。


「親父、もう一杯くれ」


「知らんぞ、ガキ」


 親父は、おれが羨ましいんだ。と、その時は思った。


 おれは、眠くなったので、「そんじゃあ行こうか」と言って、ラミアを連れてアパートに帰った。実際は、ラミアの肩に捕まって、ヘロヘロになりながらだった。


 カウンターの姉さんたち3人は、「だめだこりゃ」とか、「あんなもんじゃない」などと、それでも暖かい感じで、サザンを見送った。




 朝、「いつっ」と、頭を押さえて起きると、隣に、ラミアが寝ていた。ドレスのまま寝るわけにいかなかったのだろう。それとも、「いつつっ」 全然思い出せない。ラミアは、全裸で寝ていた。

 ガバッとおきてしまった。


 ラミアは、微笑みながらおれを見た。


 天使だよ


「おはよ」


 おれは、もう、天にも昇る気分だ。


「よく寝てたね」

「おう・・その、おれとラミアって」


「なんにもなかったよ」

 あっけらかんと言われた。


「だよなー」


 親父の、「知らんぞ、ガキ」が、頭を3遍ぐらい回った。


「あっち向いててよ、着替えるから」

「わるい」たぶんおれは、真っ赤な顔をしていただろう。


「普段着が着たいの」

 そう言って、タンスを引っ掻き回した。「なにー、これー」と言いながらなんとかTシャツを着て、ズボンを履いた。じつは、おれ、結構大きいので、ラミアには、全部ぶかぶかだ。ズボンも、相当裾を折っていた。実際は、Tシャツだけでも、ワンレンになりそうだった。


 ラミアは、厨房に行って、あきれていた。


「これじゃあ、朝ご飯作れないでしょ」と、ぷんぷんだ。

 おれのところに戻ってきて、手を出した。


「お金。家庭料理を食べたいんでしょ」

 仕方なく財布を出すと、財布ごと持っていかれた。


「どうせ夜までは、暇なんでしょ。買い物付き合って」

「いいけど、それ、全財産」

「いいわ、あのドレス売るから」


 その日から、ラミアは、おれの部屋に住み着いた。

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