3-4 記憶の放射
三日後
ラウンジの奥にあるカウンターには、元気になったサザンが、ザンパに、首をロックされて「ヘルプ、ヘルプ」と、言っていた。サザンは、死にそうな体験をしたのに、全く普段と変わりなかった。
キーンが「もったいない」と、あきれる。ザンパもそうだが、その割には、セルボウィスキーをサザンにおごっていた。
「おまえ、本当に何も覚えていないのか」
「そんなことないです。モーラが、最初の生贄にキスした時の、この世のものと思え無い快感とか。忘れるわけないじゃないですか」
「いやいや違うだろ。太陽が、巨星になる迄繁栄した文明の知識も入っているだろ」
「へっ、全然。難しいことは、分かりません」
「バカか、オマエ」
またザンパが首を絞める。
「ヘルプ。あっ、アンさん。助けてください」
ウエーっと言いながらアンに助けを求める。
アンがカウンターに出てきたのは、三人を迎えに来るためだ。モーラの羽化が近い。
「サザン、モーラが呼んでいるわ。あなたたちもよ」
「アンよー、こいつ、何も覚えていないんだ」
「理解できないことは、記憶されていても使えないのよ。だから、いつものサザンなんじゃない」
アンが笑う。
「やっぱりバカだったか」
ザンパも笑った。
ひどいなと思うサザン。
「でも、快感は一生分感じたんじゃないか」
キーンは、ちょっと体験しただけだが忘れられない快感だった。
「それが、モーラと意識を共有していただろ。全身がしびれてはいたんだが、けっこう冷めてた」
「それもか、もったいない」
アンがじれた。
「もう、いいでしょ。モーラが待ってるわ」
酔っ払い予備軍3人の酒をカウンターに引っ込めた。
モーラの部屋の前には、ラミアの母親が居た。彼女は、火星政府のガイア人査察官をしている。モーラを受け入れるために、ここに来た。
サザンは、この人が苦手だ。サザンは、ラミアを幸せにできない自分に腹を立てている。それで、ラミアに、そして、その母親にも、申し訳ないと思っていた。
「サザン、また、絡まれたのね」
「申し訳ないです」
「蜘蛛にも会って来たわよ」
蜘蛛は、キーンの姉だ。エリザの名前は出せない。
「また来てほしいって」
「分かりました」
「あなたがキーンね。城塞港の保安官から聞いたわ。金星には、近づかないことね」
「はい・・」
いっぺんで、酔いがさめるキーン。
「まあまあ、それぐらいで。それで、どうなんだ。モーラを受け入れてくれるのか」
「その予定。まだ面倒なことがあるのよ。成体になったモーラは、人の脳から直接記憶を吸う。その人は亡くなるけど、モーラは、1つ卵を産むのよ。モスラ族同士でも2つ。とっても数が少ない種族よ」
キスだ。
「種族繁栄か。一人はまずいからな」
ザンパは、体を絞めるようにしてあごに手を添えた。
「繭が光りだしたわ。みんな行くわよ」
アンが、全員を浮かせてゆっくり部屋に入って行った。
「卵は通常でも1000年に一つ生むかどうかよ。羽化が見れるのよ。幸運に感謝して」
サザンたち3人は、「羽化おめでとう」と、騒いでモーラを祝福する気だったが、神妙な顔になる。
繭の中が光っているせいで、モーラのフォルムが見える。まだ体を丸くしていた。しかし、背中に小さな羽の原型ができているのが見える。その、羽が光っていた。
羽が繭の中で広がりだす。
一同は、その光を浴びて、古より古い記憶を見るのであった。
記憶の放射。それは、悔恨であり、決意であり、幸福であった。アンと、ラミアの母親は、特殊能力者だ。サザンたちでは考えられない量の記憶を脳裏に焼き付けられる。
サザンは、また、惑星カブーの終末にいた。
フーラが、最後にモーラを祝福する。光る羽を広げてモーラを包み込む。周りは、その鱗粉で、キラキラしていた。
「あなたは、最後の人。だけど、最初の人になるのよ。一族は、繁栄するわ」
鱗粉が発火する。
一瞬の映像が次々と浮かぶ。その中に、自分がいた。未来の映像だ。サザンの蜜(記憶)をモーラは吸っていないのに、後々まで、サザンがフラッシュする。愛した男は、そう、できる者ではないのだ。
鱗粉が、小さな花火のように光って消えた。涙するモーラは、フーラにキスを
そこで、未来の映像が途絶える。
サザンは、泣いていた。
繭から背中が現れ、小さな羽が姿を見せたと思ったら、フゥァーと広がる。光彩が七色に光り巡る奇麗な蝶の羽だ。
「おめでとう」
やはり、サザンは、アウトローだ。喜びを口にした。ザンパも、キーンもそうした。
「サザン、モーラを祝福するのよ」
サザンは、モーラにキスした。長いものではないが、モーラは、涙を流した。
こんなきれいな人は見たことない
それが、ここに居る全員が感じたことだ。
サザン以外、モーラの羽が見えなくなる。アンが、モーラに用意していた絹の一枚布で作った服をかぶせた。
「サザン!」
「よかったな」
暫く、サザンとモーラは二人っきりになって、話をする。ラミアの母親も、それを認めた。
部屋の中からは、笑い声が聞こえる。長い時間そうしてやることができないラミアの母親が、部屋をノックした。
「モーラ、行きましょう」
「サザン・・・」
「モーラ、またな。オレも火星にいる。また、会えるさ」
「うん」
モーラが、幼体の時と同じ反応をするのは、サザンだけだ。ラミアの母親は、娘に話すことが増えたと、ため息をついた。
ラウンジの奥のカウンターでは、キーンとザンパが酒盛りをしていた。そこにサザンも参戦した。
良い酒だ。
「おっ、来たな」
「羽化の祝いだ、飲め」
二人は、もう、出来上がっていた。
「二人とも、羽化の光を浴びたんだろ。どうだった」
そう、言われて、顔を見合わす二人。
「どうって、なあ」
「どうってこと、なかったさ」
やっぱりと思うサザン。
ザンパが、笑いながら開き直った。
「オレ等も、バカだったってことさ。お前も仲間だろ、好きなもん呑め」
今回サザンは、未来の映像を少し覚えている。しかし、それは、遠い未来の話だ。話しても仕方ない。
やっぱり、この二人と一緒か
そう思って、カウンターに座った。
「オレ達、さっきから、カンパイの掛け声を考えていたんだ」
そう言いながら、キーンがグラスを出す。
「サザンのこと好き(アモーレ)なんだろ彼女。そりゃ、素晴らしいってことさ。だから、アモーラで行くぞ」
ザンパが、セルボウィスキーを注ぎながら、講釈を垂れる。
酔っ払いにしては、洒落ていると思う。
「じゃそれで」
「よし、いくぞ」
「初めて種族の誕生を見たよ」
三人は、乾杯した。
「ア・モーラ!」
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