3-3 光燐水
キーンは、火星に横流しする物資を手に入れるのに手間どった。初めての地球だ。中継ぎをしてくれる中国系のタオと合流するのも大変だった。小惑星エロスの税関は、出す方はともかく入国には甘い。火星への横流し物資を宇宙艇に積んだまま、エロス用の物資を降ろして一安心した。
もう、3日も予定より遅れている。迎えに来るはずのサザンが宇宙港に見当たらない。毎日、様子を見に来てくれたのだろうが、いい加減あきれられたか。そう思うが、自分では、うまくやった方だと思う。
「サザンの奴、カジノで遊んでんのか?」
ぶつぶつ言いながら、カジノのザンパに挨拶しに行った。
ザンパは、キーンを見て変な顔をした。
「おまえら、トーマと一緒に火星に帰ったんじゃないのか」
トーマが、火星に出立した日が、実際は、キーンが、エロスに到着する予定日だった。たまたま、宇宙港で、合流して行っちまったんだろうなとザンパは思っていた。
「すいません、初めての地球で、戸惑っちゃって。サザンはどこです?」
「ほへ、だから、お前らと一緒に帰ったんじゃないのか。この3日間見ないぞ。サザンの奴、オレに挨拶もしないで火星に帰ったんだろ。オレは、怒っていたんだ」
キーンは、ドキッとしてうわごとを言った。
「変だなー 厄介ごとにでも、巻き込まれたかな。宇宙港にも来なかったんです」
ザンパは、真っ青になる。
「何だって、女か。トーマに頼まれた」
「はい、サザンは、女にちょっかい出されるタイプなんです。大丈夫だとは思いますが、3日も・・」
二人は、慌てて、サザンの部屋に走った。
鍵はかかっていない。
扉を開けると、そこは、絹の糸で、真っ白になっていた。ベッドの上には、大きな繭があり、動かないように白い糸が、天井や床に張り付いていた。
「サザン!」
サザンは、ソファからだるそうに少し起き上がって、キーンとザンパを見た。
「キーンやっと来たか。ザンパさん、すいません。部屋を荒らしちゃって」
まともなことを言っているが、衰弱して動けそうにない。
ザンパが、とりあえず部屋に入るなとキーンを静止した。
「なにしてる。こっちへ来い」
「はい」
返事はするが、やはり動けないのだろう。キーンは、相棒のピンチに、ザンパの制止を振り切って部屋に飛び込んだ。
キーンは、そこで、しびれて動けなくなった。ものすごい快感だ。五感が、皮膚の快感に集中する。
「ばかやろ。意識があるのに、部屋を出れないんだぞ。少しは、考えろ」
ただ事ではない。ザンパは、すぐアンを呼んだ。
「アン、来てくれ。サザンの部屋だ」
アンは、サザンの部屋を見て、黄金に輝く液体を胸の内ポケットから取り出した。
「あなたたちが騒いでいたのは、これね」
アンは、この黄金の水、光燐水の意識と繋がることができる。
「あの白い糸に触れるな。動けなくなる。何なんだ、あの、奥の繭は」
「モスラ族の繭(まゆ)よ。ガイア族より古い種族」
「ガイア人なんて、最近だろ。そりゃ魔法時代まで遡れば、何億年も経つが・・」
「ガイアが、ガイア族になる前は、惑星だったでしょう。そこの住人」
「おいおい、いつの話だ」
「古より、古い記憶。この子たちが騒いでいたのよ」
ザンパは、片目を吊り上げて繭を見た。
光燐水は、中性子星の光る海の水だ。ガイアの母なる海。そこで、凝縮された惑星たちが、新たな命を得た。人の手の平に収まる宝石になった彼らは、感情を求めて、人の世界にやって来た。一緒に、光る水も人の世界へ。光燐水は、古い記憶を覚えていた。
アンは、その光燐水と繋がっている魔女だ。ガイアの母なる海と繋がっているのだ。アンは、大らかで、優しい。
「とにかく、サザンとキーンを、こっちに連れてきてくれ。話しは、それからだ」
「キーンは、いいわ。でも、サザンは、ダメよ。あの子を説得するわ。それまで、待ってね」
アンは、ザンパに微笑んだ。ザンパは、このアンの笑顔に弱い。
キーンを浮かせて室外に出したアンは、光燐水のカプセルを開けて自分の周りに浮遊させた。体を抱くようにしたアンが宙に浮く。そのまま、ゆっくりと部屋の中に入って行った。
絹の白い糸が、アンに纏わりつこうとするが光燐水の粒がそれを許さない。ピッ、ピッと切れる糸。アンが、繭に近づいた時には、気が遠くなるような攻防がアンの周りで起きていた。
とうとう繭に触れるところまで来た。アンは、手を光らせて、優しくその繭に触るのであった。
「来ないで」
直接、脳に響く声。モーラは、身動きできない繭の中で、成す術がない。
「あなた、名前は」
やはり、直接脳に響く声でアンが、質問する。モーラは、逆らえる気がしなかった。
「モーラよ。放っておいて」
「それはできないわ。私は、サザンを任されているのよ。モーラも見たでしょう。サザンには先約がいる。それも、あなたより格上よ」
「ラミアね。でも、私は、サザンと記憶を共有したわ」
「モーラは成体になる。今回は、それで我慢しなさい。サザンの樹液(記憶)は、ほろ苦かったでしょ。癒せるのは、ラミアよ」
「いや、蜜(記憶)も、吸う」
「ダメよ、蛇が嫉妬深いのは知っているでしょ。モーラは、滅ぼされるわ。あなたには、お姉さんがいるのね。あなたの記憶は残るかもしれないけど。一族は、ここで絶えることになるのよ」
「それは・・・・・、分かった。サザンを開放する」
モーラは、渋々サザンを開放した。
アンが、サザンを浮かせてザンパの所に連れて行く。ザンパは、それを受け止めた。
「火星に、あなたを理解できる人がたくさんいるわ。この太陽系をエグゾダスする日は、まだ、遠いけど。あなたの記憶の一部になっていいという人も火星なら居るはずよ。しばらくは、そうして時を稼ぎなさい。あなたになら、惑星を一つ任せてもいい」
「フーラに会いたい」
モーラは、今まで、自分の意見を曲げたことがない。神だった自分に逆らうものなどいなかった。
「蟲族のガイア族ね。まだ発掘されていないわ。騎士様に言っておく。だから待っててね」
サザンは、体こそ弱っていたが、意識は、しっかりしていた。
「モーラ、おれは何をすればいい」
「三日後に来て。私が羽化する所を見て」
また、ふらっと、モーラのところに行こうとするサザンをザンパが止めた。
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