第25話

ぼーっと外を眺めていた。とにかく暑い。時刻は2時過ぎ。一日で一番暑い時間帯で、夏の暑さは容赦なく私を蝕んでいた。扇風機からは熱風が送られてくる。なんの涼感も与えてはくれない。我が家のエアコンは数日前にご臨終召された。それからというもの、私たちは地獄のような暑さと戦っているのだ。

「いやぁ、弱った弱った」

 玄関からツグミさんの声がした。買い物から帰ってきたのである。小脇に御用達の買い物用マイバッグを抱えている。

「今日行ったらサトー屋のやつ、アイスの値引きをやめていやがったよ。出来てから今まで一個98、箱アイス対象商品半額を貫いていたというのに」

「景気の悪化のせいですよ」

「やっぱりそうだろうな。ろくでもない」

 そう言いながらツグミさんは買ってきた商品を冷蔵庫に詰めていく。

「いやぁ、冷蔵庫の前が一番涼しいな」

「ツグミさん、早くエアコンを買いましょうよ」

「もう少し余裕ができたらな。今は持ち合わせが少ない。多分今年は扇風機で乗り切ることになるだろう」

「マジですか」

 それはきつい。暑さが収まるまであと2月はあるだろう。それまでを扇風機で乗り切るのはとてもきつい。日中は冷房の聞いた施設に出かけるしかない。

「おーい。こんにちはー」

 と、玄関からまた声がした。シノである。

「おう、来たか。入れ入れ」

 今日は昼過ぎから会う予定だったのである。昼過ぎと言って2時過ぎに来るのはルーズであると私は思う。

「あっつい。この家あっついよ」

「仕方ないだろうが。扇風機しかないんだから。ところでなんか持ってきたんだろうその袋は」

「ああ、ハーゲン・ナッツだよ。期間限定のスイカ味」

「いいものを持ってきましたね、シノさん」

「いや、スイカ味ってガリゴリ君じゃないんだから。ゲテモノ臭がすごいぞ」

 私たちはアイスを取ってそれぞれ机について食べ始めた。


 あれから半年が過ぎていた。今は夏真っ盛りである。あのあと、私たちは無事に地上に降りることが出来た。ドゥがなんらかの工作を用意している可能性もゼロではなかったが、それもなかった。ドゥの種族が約束は律儀に守るというのは本当だったらしい。降りてからはそれぞれの生活に戻った。私たちはなんの問題もなかったが、シノは家が無くなっているので新しくアパートを借りた。そして、そこに工房を作りドゥをそこに幽閉して宇宙船の建造に着手した。クジラのほうは思った程の騒ぎにはならなかった。いくら大暴れしたとは言っても、所詮崩壊したのはクジラの内部で数パーセントにも満たない規模だ。裏で政治家たちがどう考えているのかは知らないが、表向きは工場内部の事故ということで落ち着いていた。それより、目撃された私たちの宇宙船のドッグファイトの方が話題になっていた。トンデモ科学雑誌なんかはあのドッグファイトと爆発を関連付けて、異星人の侵略だと記事を作ったりしている。知らないものからすれば与太話だろうし、下手すれば書いている本人もそう思っているのかもしれないが半分は事実なのだからたちが悪い。

 ともかく、私たちの生活に影響が及ぶようなことは何もなかったので事もなしである。

 そうして私たちは今までどおりの生活をしながらなんとなくシノの手伝いをし、シノは一生懸命宇宙船を作っていた。


「ようやく出発か」

「ああ、ここまでとても長かったよ」

「ああ、長かったな明らかに長い。完全に長すぎる。なんで半年もかかってるんだ! おかしいだろう!」

「す、すまないね。本当に、手伝ってもらったりしてたのに」

「そうだよ!」

 しかし、ツグミさんはそれ以上は怒らない。なんだかんだ、シノが怠けているだけで遅くなったからではないからだ。星に行った時の作戦なんかを入念に練りながらなので、そちらにも時間を割かれていたのである。それに黒服たちのこともあった。3人の黒服たちは薬が抜けると三者三様のリアクションを取った。一人は自由になったと喜んだ。一人はこの状況をどう受け止めたものか戸惑った。そして残る一人は支えを失い嘆いた。喜んだ一人と、迷っている一人はそのままシノの作業を手伝った。しかし、嘆いた一人は放心状態になり、今も無気力にシノの部屋でぼーっとしている。シノはその様子を今から自分の行う行動の縮図のように感じたらしい。それでしばらく随分悩んでいた。

 そういうこともあって一概にシノを非難すべきではないということだ。まぁ、それにしたってサボってはいたし、遅いのだが。それでもシノはシノなりにいろいろあって今日までの日数が必要だったのである。

 そういうわけで、シノは今日この星を発つ。

「ちゃんと、船は出来ているんだろうな。ポンコツで打ち上げで吹っ飛んだりしないだろうな」

「そこは私が指示を飛ばしていますから、抜かりありませんよ」

 机の上のドゥが言った。相変わらず板のままである。

「裏工作もなしだろうな」

「当たり前でしょう。あの船に仕込むくらいならとっくにほかのタイミングでやっていますよ」

 ドゥは黒服たちが正気に戻ったころから幽閉されていない。実質、数日間しか閉じ込められていなかったことになる。わざわざ開放したわけではなかった。きっかけはシノが黒服たちの様子を受けてひどく悩んだ頃にある。悩みすぎたシノはドゥをパーツと勘違いして外に置き、そのまま一週間ほど放置したのでる。今思えば実に危険な状態であったが、その間に何かが起きるということはなかった。これといった行動を起こさずドゥはずーっと放置されるままだったのである。

「そういう約束ではありませんか」とドゥは言った。その様子を見て何を思ったのかシノはドゥの拘束を止めた。代わりに外に連れ出して、宇宙船の制作に関してより細かく指示を飛ばさせた。恋人の仇に対するシノの思いについて私が推し量れるものではないが、シノはシノなりに決意のようなものがあるようだった。ツグミさんは不服のようだったが、シノが決めたことならと従った。

「さて、ごちそうさまでした。案外うまかったな。さすがはハーゲン・ナッツといったところだった」

「じゃあ、行きましょうか」

「いよいよとなると、なんだか緊張してくるよ」

 私たちは席を立つ。シノはドゥを拾い上げ、私はアイスのカップをゴミ箱に捨てる。持っていくものはこれといってない。準備はもう宇宙船の方で全て整っているのだ。もう、行って、少し調整を行い出発するだけだ。

「忘れ物はないな」

「ああ、ないとも」

「よし」

 宇宙船は海岸線の人目につかない入江にある。シノの瞬間移動装置を使ってすぐであるが、最後に一応景色を見ておきたいというシノの希望で電車で向かうことになっていた。私たちは玄関を出た。外は中以上の暑さで、本当に夏という季節はうんざりであると思った。

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