第23話

「やりましたね。ツグミさん」

 私たちはツグミさんの隣に降りる。

「ああ、なんとかな」

 ツグミさんは爆発を逃れ、私たちを追っていたビームも時間経過で消滅した。そして攻撃を加えてくるウエポンも破壊した。私たちを脅かす驚異は残らず消えている。

「どうする、ドゥ。その、もう動くことさえ困難なポンコツで私たちと戦うか」

 クモマシンはもう関節も破壊され、歩行すらできななくなっている。もはや行っている動作はフィールドの展開だけだ。私たちに抵抗できる要素は見当たらないように思われた。

「いやはや、やはりこうなりましたか」

「やはりだと。こうなることを予測していたのか」

「私はラプラス星雲人でございますよ。この状況下で存在しているピースを検証すればどんな結果が発生するか予測するなんていうのは出来て当然でございます。さすがにあらゆる全ての可能性とまではいきませんが、それでもかなりのところまでは可能でございます。そこから、存在する要素をあなた方が有効に活用したならこうなるという可能性は予測していたのでございます」

「負けるということを予測していたのか」

「はい、あなた方がマシンのウエポンを停止させることは予測していましたとも」

 その時だった。マシンの下部が開き、中から何やらごつい機械が降りてきた。それにはいくつものライトのようなものが四方八方を向けて取り付けられていた。

「しかし、それが敗北というわけではありませんよ。まさかこのマシンの戦力が両腕のウエポンだけだと思っておられたのですか」

 その言葉と同時に機械のレンズが激しく発光を始めた。今にも何かを放出しそうだ。

「なんだなんだ。何が始まるんだ。僕らは勝ったんじゃなかったのか」

「そうは問屋が卸さないらしいな」

「この方法を使うのは避けたかったのですがね。ギャラクティカの回収が不可能になりますからね。解析して対策を練ることもできません。しかし、あなた方を抹殺する方が優先でしょう」

「詰まるところ。ここらをまとめて吹き飛ばす算段というわけか」

「そういうことでございます。ただ、ばくはつというのとは少し違いますね。エネルギー波を放出するというのが正しいでしょうか。周囲一帯に放つのだから規模は爆発と同じですがね。少なくともフィールド内部のものは消し飛ばせます。このマシンそのものも外壁が吹き飛ぶほどの損傷を受けることでしょう」

「くそ。それじゃあマジ物だな」

 あのツグミさんの攻撃で傷さえつかなかったマシンの外壁が吹き飛ぶということは相当なものだ。戦艦の主砲を耐えられるとか言っていたのからそれ以上の爆発が起こるということだろう。私たちなど影も形も残らないに違いない。フィールドがある限り外に逃げ出すこともできない。躱すことなんてもちろんできないし、隠れることもできない。先程以上に絶体絶命だ。

「どどどどっど、どうするんだよ! 死にたくないぞぼかぁ!」

「もう完全に元通りだなお前はっ。そんなもん私だって同じだ。くそっ」

「ちょ、君。なにか方法はないのか。さっきみたいな妙案出してくれよ」

「ちょっと思いつかないですね。チェックメイトって感じです」

「うわぁあああん。ちくしょおお」

「やかましい」

 このままでは死ぬだけだ。ツグミさんはなにか策がないか必死に頭を巡らせているようだった。シノは泣き喚くばかりだ。すっかりダメになっている。私もまたっく何も思いつかない。

「さぁ、これでお仕舞です」

 ドゥが言うと機械の発光が一層極まった。

「くそっ。もう頑張るしかない」

 次の瞬間には目の前が光に満ちた。エネルギー波が放出されたのだ。しかし、その一秒後にも、そのさらに一秒後にも私たちの意識は続いていた。その先もだ。私たちはエネルギー波の直撃を受けてはいなかった。

「ぬぅううううおお」

 見るとツグミさんが頑張っていた。ツグミさんはビーム弾を跳ね返した盾を前に張り、エネルギー波を防いでいた。

「ほう、頑張りますね」

 ツグミさんは答える余裕すらないようだ。歯を食いしばって盾を張り続けている。しかし、盾はなんだかひどくチカチカを瞬いていた。

「一瞬で消滅する盾をひたすら張り続けるっていう動作をコンマ1秒以下の単位で繰り返してるんだ」

「ビームはあんなに簡単にはじいていたのに」

「このレールは見た所移動する物体のベクトルの向きと強さを変えるのが能力なんだ。こんな風に全方向に飛んでくるエネルギー波とは相性が悪いんだろう。それでなくともこの攻撃は強力だ。どだい無理を押し通すしかないんだ」

「あんまり無理すぎますよ」

 ツグミさんは頑張り続ける。しかし、エネルギー波が収まる気配は無い。向こうはツグミさんに限界が来るまで、私達を消し飛ばすまで攻撃を止めないつもりだ。

「先ほどその能力を使わたなかったのは燃費が悪いためと動きを止めなくてはならないからというところでございますか。そんな策まで持ち出すということは本当にネタ切れのようですね。ならここを制すれば私の勝利は確実という訳ですね」

 ドゥの言う通りだ。これが正真正銘ツグミさんの最後の策だ。いや、策にさえなっていないかもしれない。いわゆる悪あがきというやつだろう。

「うわあああああ」

 ツグミさんは叫ぶ。しかし、このままではジリ貧なのは明らかだ。前のようにこれ以外の突破口もないのだ。

「やはり私の勝ちのようですね。心がどうとか大口を叩いた割にはこの程度ですか。私の手のひらから出ることさえ出来ないようですね」

 ドゥはどこか勝ち誇っていた。実際全てドゥの想定の範囲内なのだ。いや、一応マシンは機能停止させ、ギャラクティカを渡さなかったのは善戦したと言えるだろうがドゥはそれも大した問題ではないようだ。私たちはドゥに一矢報いることさえ出来ていないらしい。

「ESPが心の力だと言うからどれほどのものかと思いましたが、それほど恐れる必要はないようです。この程度で窮地に追い込まれているのですから」

 ツグミさんは歯を食いしばり、攻撃を受け続けるしかない。ドゥの言葉に反応する余裕すらない。

「大げさに言えば心というのもこの程度だということではないですか。私の想像の上を行くなどと。結局全て私の想定の内でしかない。やはり私の頭の中で処理できる程度の、取るに足らないものではないですか。全てどうでもいい。今まであなたが言ったことも、ザルネが一瞬見せたイレギュラーも。全て検証の必要すらないのでしょうね。そのギャラクティカさえ、実のところ無意味だったのでしょう」

 エネルギー波は収まらない。ツグミさんの砲身とエネルギー波がぶつかり電波が乱れている。スピーカーからは電流が走るのを甲高くしたような音がひっきりなしに響いている。しかし、その中でツグミさんの言葉が聞こえた。

「違う。それは違う。それだけは違うんだ」

 突如、ツグミさんのおでこが眩く光り始めた。それはちょうどツグミさんが展開する砲身と同じ光だった。

「おや?」

「うおお!」

 ツグミさんが叫ぶ。すると目の前のレールの光が強まった。今までより安定して発生しているように見える。強度が上がっているのか。

「ツグミさんにまだこんな隠された力が」

「違うだろう。ただ単に極限まで集中してありったけの力を引き出しているだけだ。能力そのものが強化されているわけじゃない。現にまだ消滅と発生を繰り返している」

「そんな」

 ツグミさんはようするにとにかく頑張っているのだ。気合で盾を強化しているに過ぎないらしい。所詮微々たる変化でやはり状況を打破するほどのものでないのか。しかし、それでもツグミさんは頑張っている。私たちを助けることもあるだろうがそれ以上に、

「何かと思えばその程度ですか」

「黙れ! お前には1億回謝らせる!」

 純粋なドゥに対する怒りがあるようだった。

「だから不可能ではありませんか。大口は可能な場合にのみ叩かなくては後で無様ですよ。・・・・? これは・・・」

 ドゥが言葉を詰まらせる。何故か。その答えの詳しいいきさつはわからないが、ツグミさんの顔に余裕の笑みが生まれていることが状況を物語っていた。

「掴んだぞ、この波のリズム」

 気づきばあのやかましい甲高い音が止んでいる。盾の明滅もひどく規則正しい。

「まさか、エネルギー波の波のリズムを掴み、それに完璧なタイミングで盾を展開しているというのですか」

「さすがに素の状態じゃきつかっただろうが、お前が焚き付けてくれたおかげで集中できたからな。これで防御はもうしばらく保つさ」

 ツグミさんは私には感じ取ることさえできないエネルギー波のリズムを理解したということらしい。今まで中途半端なリズムで盾を展開していたが、こうやってリズムさえ合えば消耗を随分抑えられるということだろう。しかし、ツグミさんの表情に余裕はあってもまだ苦しそうであることに変わりはない。状況は以前劣勢なのだ。

「ですが、ですがそれでも私に攻撃できなくてはそれも無意味でございますよ」

「言っただろうが。お前をぶっ飛ばして謝らせると」

 ツグミさんはそう言うともう一つ砲身を展開した。出しただけで歯を噛みしめている。能力を操作できる限界ギリギリ、いや、限界を超えているものを無理やり制御しているのかもしれない。

それは普段の砲身より一回り大きいものだ。かといって驚くほど大きい物でもない。ほんとうにやや大きいだけだ。

「どうしようというのです。そんなものを撃っても打ち消されるだけでございますよ」

 ツグミさんは答えない。代わりに質問した。

「もし、この弾がマシンを破壊したら観念しろよ」

「観念してどうしろというのです」

「謝ってもらう」

「あの星の住人にですか? 私の敷いた社会体制に巻き込まきこんだことをですか。それは傲慢というものでございますよ。あなたにはあの方たちが本当に今の生活をどう思っているかなんて分からないはずだ」

「それはそうだ。そこにとやかく言うつもりはない。だが、シノと彼女さんには謝ってもらうぞ」

「ほう」

「彼女さんを殺し、シノの人生を自分の思うように操ろうとした、その罪だけは贖ってもらう。二人が許すまで、何年でも何十年でも謝ってもらうからな」

「いいでしょう。ですが、それはあくまであなたの攻撃が届けばの話ですけどね」

「ああ、その通りだ。だが今の答え、確かに聞いたぞ」

 ツグミさんがもう一つ展開した砲身に砲弾が装てんされた。しかし、それはいつもと様子が違う。何か、妙な動きをしている。

「震えているんですか」

「いや、違う。これは回転してるんだ」

「まさか、波のリズムに逆らわない速さの回転を加えているのですか。そんなことが人間にできるはずが」

 ドゥは今までと違い、どこか声が震えていた。恐らく驚愕しているのだ。

「ESPは心の力、想像の力だ。私が思い描けるものは再現できる。さぁ、ドゥ。約束は違えるなよ」

 そう言ってツグミさんは砲弾を放った。それはツグミさんの盾をすり抜け、私達の前方に飛び出していく。エネルギー波の中に入って、少し勢いは失われ、少し小さくなっていく。しかし、それは真っすぐ進んでいった。ただ一直線にマシンの下部のエネルギー波を発生させている装置まで。

 私は祈るようにそれを見つめていた。シノも多分同じ思いだっただろう。食い入るように見つめている。ドゥはどんなだったろうか。ほんのわずかに苦悶に似た息遣いが聞こえたようにも思う。ツグミさんはただ、黙って弾を見ていた。

 装置まであと一歩というところ。砲弾は勢いが衰え、大きさも小さくなり、まさに消えかかろうとしていたが、ドゥが喜ぶことは無く、私達が絶望する事も無かった。消え去る前にちゃんと砲弾は装置に直撃した。装置はそして、内部のエネルギーごと派手に吹き飛んだ。

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