第19話

ドゥは真顔でホログラムを見た。常に表情のない女だがまさしく真顔だろう。ホログラムに撮されたのはギャラクティカの情報ではなかった。そこに撮されたのは女性だった。ただし頭に耳が生えている。いわゆる獣人というやつだろうか。目の下ににタトゥーのような3本の線が入っていた。ごそごそ動いてカメラの角度を調節したりしている。どうも、関係ない始めの部分まで録画してしまっているらしい。

「これでいいのかな」

 そう言うと女性はカメラの上部に手を伸ばした。ようやく録画を始めたつもりのようだ。

「こんちには、シノ君。この映像を見ているということは船を完成させたということだね。おめでとう、君の努力を賞賛します。つきまして、データの使用方法について説明を始めます」

 女性はかしこまって姿勢を正す。

「多分もう知ってると思うけど、このデータは『音楽』です。私たちの星で娯楽はもう失われて久しいけど、これはその娯楽の一つを利用したものです。かといってさすがにいい気分の音楽を流して相手を癒すとか、ドラマチックなものではありません。人間に聞こえるか聞こえないかぐらいの周波数なので、音楽と呼べるかも微妙なところです」

 女性はびしっと指を立てる。どうもボディランゲージの豊かな人だ。表情もよく動くし活発な印象を受けた。

「この音楽には人間の体内に入ったナノマシンの活動を停止させる機能があります。詳しい理屈は説明しないけど、ナノマシンの起動に関わるスイッチに干渉する特殊な音で構成されています。これを聞くと人間はナノマシンから瞬時に解放されるのです。そして再び投与されない限りその影響を受けることはありません」

 つまりその音楽を聞くと感情が戻り、普通の人間になるということらしかった。

「この船を使うと、私たちの星の周辺に浮かぶ衛生を起点に、全ての電波をジャックできます。おそらくほんの数分、一曲流せるかどうかの時間しか奪うことはできませんが、それでも十分です。君にはそれを使って世界中の人にこの曲を聴かせて欲しんです」

 星中の電波ジャックをするだけでも相当な発明だ。いや、シノの星には反乱を起こすということそのものがないのならセキュリティがガバガバなのかもしれない。

「それだけで革命は終わります。あえて革命という言葉を使わせてもらいます。その後のことには一切干渉しなくてもいいです。だから見ているだけでいい。ナノマシンから解放されたあとは、世界中の人々自身に選択してもらうおうと思います。自分たちで文明を作ることを選んでも、やっぱり今までの社会に殉ずることを選んでも、どちらにしてもそれが結果です。それには手を出すべきじゃないと思う。私がやりたいのは結局社会を変えることというよりは、みんなに選択の自由を与えることです。今の社会にはそれがないから。感情を失うことが悲しいとか、そういうのはもちろんあるけど、それはあくまで私情です」

 そう言ってから女性は少し声を落とした。

「ここまで言っておいてなんだけど、別にやりたくないならやらなくてもいい。そもそもその選択も君の自由。私が勝手に押し付けたものだから。このままこのデータを星の官僚に渡して、自分の身を潔白にしても、私は君を恨んだりはしない。こんなこと、そもそも実行に移す方が無理だってのは当然の話で。だって責任が大きすぎるもんね。人一人が負うにはあまりに大きすぎる。だから、やらなくっても全然いいから。最後に何言ってんだって感じだね。ごめんごめん」

 女性は弱ったような笑いを浮かべる。

「じゃあ、メッセージはここまでです。本当はもっといろいろ話したいけど、多分このあと君に会いに行ってその時に話してると思います。最後に一つだけ」

 女性は迷いのないとても明るく眩しい笑顔を浮かべた。

「大好きだよ、シノ君。じゃあね」

 そこで映像は止まった。ホログラムもそれとともに消えた。ドゥが「ふむ」と漏らし、シノに言う。

「終わったようですね。まさか情報が映像で、それも音声を主として伝達されるとは面食らいましたが。ともあれ方法も分かりました。ザルネ、『ギャラクティカ』をこちらへ。その『音楽』とやらを分析し、薬の欠点を補わなくてはなりません」

 しかし、シノは答えなかった。

「ザルネ、どうしました」

 それにもシノは答えない。見れば、シノは泣いていた。

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