第14話

「もうすぐ成層圏を出るぞ」

 景色が徐々に青みがかったものからはっきりとした黒色に変わっていった。見わたす限りの星空である。私たちは宇宙に来た。

 ツグミさんの宇宙艇は家から少し行ったところにある人目の少ない月極駐車場に停まっていた。見た目はただの小型自動車に偽装されていた。しかし、乗り込むと形を変え、流線型の小型宇宙艇になると大空へ飛び出したのだ。そしてものの数分で現在いる宇宙までたどり着いた。

「久々です宇宙」

「ほう、来たことはあるのか」

「はい、子供の頃レジャー施設のステーションに行ったきりです」

 あれはひとつのステーションが丸々レジャー施設という実に金のかかった代物だった。ホテルやら、遊園地やら、プールやら、とにかく遊びに関するモノで埋め尽くされた巨大なステーションで、もはやひとつの国家くらいの規模だ。世の中でもとにかく有名で、休暇ができるたびに足を運ぶマニアも多いらしい。

「それで、クジラとやらが居るのは大陸だったか」

「はい東キュリロスの北部です」

 ツグミさんは進路を北西にとり一気に加速する。この船は不思議と急発進しても体が揺さぶられるということはなかった。凄まじい速度で飛ぶ。眼下には青い星、緑と茶色や黒で構成された大地が見える。久々に見るが息を呑む美しさだ。本来ここまで来ることない普通の生物なら絶対に見ることのない景色だ。人間だって原始人として生き続ければ見ることのなどないはずだった。なのに、これを見ると美しさと、どこか安堵を覚えるのはなぜなのだろうか。

「ようし、見えてきたぞ」

 前方の地平線の端から物体が姿を現し始めた。青い光に照らされ浮かび上がるそれは巨大だった。コロニーやステーションよりは小さいが、船にしては大型だ。作業船にしては最大だというのもうなずける。前方には『口』と形容するのが最もふさわしい巨大な回収口がある。そして胴があり、姿勢制御用のスラスターが各部に点在していた。そして最後尾には巨大な推力ブースターがあった。

「さて、どうかな」

 クシラはもうその全体像を把握できるほどの近距離まで迫っていた。すると、不意にその側面からから青い光が4つ飛び出してきた。それらはまっすぐ私たちの船に向かってきた。

「ビンゴだ。連中はあそこに居る」

「自分から隠れてることを明かすなんてあんまり賢くない気がしますね」

「あの女はどうも私のESPを知りたいようだ。そのたまにわざわざ姿を晒して不必要に思える手段も取るんだろう。こっちにとっても好都合だ」

 四つの青い光はブースターから放たれる炎だった。それはひと目で無人とわかる無機質なデザインだ。ほとんどただの球体で、メインスラスターの周りに触手のような姿勢制御用のスラスターが付いている。丸いイカのようだった。

 イカは散開すると四方からビームで私たちの船を襲った。ツグミさんはそれを縦横無尽に動いてかわす。

「弾が遅い。余裕でかわせるな。本当にただの遊びのつもりのようだ」

「ひどい趣味ですね」

「まぁ、これもこっちには好都合さ」

 ツグミさんはアクセルを踏み込み更に加速した。一気にクジラが近づいてくる。4つのイカマシンは確かに本気で攻撃していなかった。短調にビームを飛ばしてくるだけだ。よく見れば簡単に避けられそうだ。安っぽいシューティングゲームのようだった。

 船はあっという間に船のそばまでやってきた。近づくと視界の全てが船の装甲になってしまう。2キロの全長というが、横にも十分に大きく圧倒された。しかし、そんな気分に浸っている場合ではない。近くまで来ると、クシラの調整をする作業船や、マスコミの船がたくさんあった。ツグミさんはそれらに被害が及ばないように距離をとって飛んだ。

「こんなに人目に触れて大丈夫なんですか」

「大丈夫だろう。まぁ、私たちは顔がバレなければ問題はない。連中も、もう去る星でいくら騒ぎを起こそうがどうでもいいというわけだ」

「滅茶苦茶ですね」

 船は飛び続けクジラの前方にやってきたそこには大きく開いた口があった。

「入るならここからだろう」

 ツグミさんはクジラの真正面まで来るとツグミさんはぐるりと船を方向転換させ、口の中に突っ込んだ。イカマシンたちも追ってくるがもう遅い。船はあっという間に口の中に侵入した。入るとイカマシンたちは追跡を止め去っていった。本当にただの牽制、いや遊びだったようだ。ツグミさんは船を作業船用のドックに着けた。幸い口の中には誰も居なかった。

「さて、ここからが本番だ。ついてはお前に言っておかなくてはならないことがある」

「なんでしょう」

「お前はここで待て。本当に命を失う危険がある」

「やはりそう来ましたか。何を言っても連れてってはくれないんでしょう」

「その通りだ。最悪この電磁ロープでお前を拘束しなくてはならん」

 ツグミさんは小さな機械をかざす。あれから電機式の拘束具が出るのだろう。ツグミさんは私を絶対に危険にさらす気はないのだ。実際素人が踏み込んでどうにかなる雰囲気ではないのだろう。私も分かる。

「了解です。ここで待ちます」

「よく言った。必ず帰る。待っていてくれ」

「健闘を祈ります」

 私はびしっと敬礼した。ツグミさんは頷くと後ろにあるハッチから外へ出た。宇宙服は着ない。PSサーキットを持っていると宇宙服無しでも船外活動ができるらしい。というかPSサーキットの本来の機能はそちらの方で、固有の能力は副次的なものだとかなんとかツグミさんが言っていた。

 ツグミさんはドアを開け、いよいよクジラの中に入っていった。ツグミさんは姿が見えなくなり戻ってくる様子もなかった。それが確認できると私は船についている簡易の宇宙服を着て船を飛び出し、ツグミさんの後を追った。

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