第11話

「手を出せ!」

 ツグミさんの呼びかけにはっと我に返り無我夢中で手を伸ばした。ツグミさんがその手を取ると、一気に崩れる瓦礫の中から外へ飛び出した。地面に降りて今何が起きたのかを確認する。

「やれやれ、大概な力技だな」

私は驚愕した。私たちがいたシノの部屋が丸ごと抉り取られているのだ。そして、それを行った張本人がその傍に居た。巨大な機械だった。四つの足で立っている。姿は蜘蛛のようで、その胴にあたる部分からアームが伸びており、それが部屋を丸ごと抉りとったらしかった。

「あれは一体」

「連中のブツだろう。シノを回収する腹積もりらしいな」

「でも、あの女は船が完成するまで手を出さないような事を言ってたじゃないですか」

「さて、一体全体どういうわけか」

 私たちが話しているとマシンの胴に丸い穴があいた。扉が開いた、ではなく丸い穴が広がった。どういう仕組みか良く分からない。現れたのはドゥだった。相変わらずガラス玉のような目をしている。

「ごきげんようでございます」

「わざわざ挨拶に現れたのか。馬鹿に丁寧じゃないか」

「ええ、乱暴な振る舞いをしたのですから、一応謝罪をと思いまして。あなた方を傷つけるのは本意ではありませんから」

「とてもそうとは思えんがな。一体全体何でいきなりシノの部屋を襲ったんだ。船が出来てから奪うんじゃなかったのか」

「あれは嘘でございます」

「なんだと・・・・」

「ああ言って警戒を解いて、あなた方の後を着けることで居場所を特定したのでございます。成功すれば御の字くらいの軽い計画でしたがまんまと成功して僥倖でありました。あなた方の迂闊さに感謝です」

「馬鹿な・・・・・」

「相手は宇宙一頭が良いという先入観が罠でしたね」

「さすがの私でも最高クラスのジャミングフィールドへの対応には時間がかかるのでございます」

 残念ながら私たちは盛大に嵌められたようだ。あまりにも情けない状態である。頭のいい人は普通に気づいたり、もしくは警戒を解かなかったりするのだろう。だが、残念ながら私たちの思考回路は一般人のそれである。そういう駆け引きに対応できる頭脳はなかった。完全な敗北である。

「ぐうぅ。それについてはもはや何も言うまい。それよりシノを攫ってどうするんだ。船を作らせるというならそいつはお前らのためには作らんぞ」

「いいえ、作りますとも。薬を飲めば以前の状態に元通り。従順に国家に尽くす歯車に戻るのでございます。実にテキパキと働くことでございましょう」

「ふざけるな。そいつは、もう作らないと、社会の言いなりにならないと強く決意したんだ。薬程度で何が変わるものか」

「変わりますとも。私が作ったこの薬による思考の抑制は完璧なのでございます。単なる薬物ではなく、ナノマシンによる脳内物質及びシナプスのコントロールを行っているのです。感情、思考回路、その気になればその人間の行動をコントロールすることも可能なのです」

「なんだと」

 極論その人間を怒らせるのも喜ばせるのも自由自在ということらしかった。思考回路も行動さえも抑制して、ただ従順に自分の役目を果たす存在に成り果てるのだ。それはやはりシノの言うとおり人間ではない。私は言う。

「そんな社会は狂ってますよ」

「狂っている。そうですね。理性をもつ生命体の一般的倫理観からすればそうかもしれませんね。ですが、一般的などというものは価値観によって大きく変わるものですよ。なら正気とか狂気とか議論するのに大した価値はないと思うのですよ。一番のキモはこの社会なら8000年の間文明を維持できたということでございます。戦争どころか犯罪すら一切起きません。文明の危機もない。安定して8000年やってきたのでございます。私はこの社会は間違いなくひとつの完成形だと自負していますですよ」

「それでも、狂っていると思いますよ」

「そうでございますかね。あなたは狂っている誰も不幸な死に方をしない社会より、狂っていない混乱や理不尽にあふれた社会の方が正しいというのですか」

「ぐぬう」

 私は口ごもった。確かにドゥの言い分は正しい気もしてしまう。普通の社会では犯罪も戦争も山ほど起きてしまうのだ。そこだけ見るとどっちが正しいか分からない。

「そうなのです。この8000年一切のイレギュラーはなかった。あの女性以外は」

「あの女性? シノにメモリを託した女か」

「その通りでございます。何が原因なのか検討も付きません。薬の効果に個人差はあるはずもありませんし。あの個体が異常だったと言うほかないのかもしれません。8078年目にしてこんなイレギュラーが現れるとは」

「なんだと、じゃあ『彼女』さんが正真正銘の一人目だったのか」

「そういうことでざごいます。この状況を見聞し、二度と同じ事が起こらないよう対処しなくてはなりません。久々に忙しくなります」

 本当に『彼女』さんがこのシステムに抗った一人目だったのだ。シノが立っていた岐路はやはり歴史的なものだったのだ。そして、この期を逃せば本当に次はないかもしれないようだった。

「ふん。だが何にしても、このままお前らを帰す気はないぞ」

「何故でございますか。あなたは随分と他の星の事情に肩入れするのですね。放っておくならこちらも何もする気はないのですよ。あなた方を殺してもなんの利益もありませんから。むしろ、オリオン船団との外交にしこりを残すだけなのです。なので、おとなしく引いてください」

「まぁ、はじめは私もそんなに深く関わる気はなかったがな。異星人が面倒なのに絡まれてるから助けるくらいの気持ちだった。だが、色々知りすぎてしまったからな。最後まで付き合う気になったのさ」

「命懸けになりますがね。構わないのでございますか」

「ああ、こちとら命懸けの荒事には慣れているからな」

「そちらのお方もですか」

 ドゥは私に振った。

「ええ、まぁ。仕方ないですかね」

 乗りかかった船というやつだ。命がけというのは恐ろしいが、もはや引くに引けないのだ。大体シノの事情を聞くことにした時点で、大体覚悟は決まっているのだ。

「本当に変わったお二方でございますねぇ。ですが、やはり進んで命を奪う気はありませんかね。こっちは逃げるだけでいいのですから」

 そうドゥが言うと、マシンは変形を始めた。四本の足が三股に割れ、中からロケットブースターが現れる。

「逃がすか!」

 ツグミさんは瞬時に砲身を展開した。

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