第10話
「・・・・・そんな重い過去があったのか。想像を遥かに上回ってたぞ」
「だろうね。今の僕を見たらそんな過酷な現実を乗り越えてきたとはとても思えないだろう。でも、すべて事実なんだよ」
「本当にそんな悲しい思いをしたのか」
「ああ、夢とか妄想なら良かったんだけどね。残念ながら本当さ」
そう言ったシノは今まで見たシノよりもやけに落ち着いていて、そして寂しそうだった。
「そうか・・・・・」
ツグミさんは何を言えばいいのか迷っているようだった。しかし、しばらくして、
「本当に大変だったんだな」
と言った。シノは、
「ああ、本当に大変だったよ」
と返した。
ツグミさんはまだ難しい顔をしている。今の言葉で良かったかどうか分かりかねているようだった。しかし、ともあれ話を進めなくてはならなかった。
「じゃあ、お前の『ギャラクティカ』はお前の星の社会体制を崩壊させるようなすさまじいものなのか」
「ああ、そうなるね。連中にとってはとんでもない厄ネタだ。ドゥが自ら出てきたのも仕方がないかもしれない」
「ちなみに何かは言わないんだな」
「ああ、さすがにそこまでは巻き込めないよ。大体、さっきの政府の後ろ盾がどうみたいなのは嘘っぱちだろう」
「ああ、バレていたか。その場の勢いでどうにかしようと思っていた」
「なるわけないだろっ。ドゥを、っていうか世の中を舐めすぎだよ。まったく言わなくて大正解だったよ」
叫んでシノはお茶をすする。
「奴らは船が出来次第一緒に奪うと言っていたが、船とセットのものということか」
「そうだね。船でデータを解析して、それを使用しなくてはならないんだ。だから連中は両方奪うつもりなんだろう」
「どっちか片方奪えば計画は頓挫するじゃないか」
「多分、詳しく調べて今後の対策を練るんだろう。どういうつもりかは深くは分からないよ」
「ふーむ、そうか」
ツグミさんは腕を組んで考えこんだ。シノの持つ情報が本当に一つの社会を崩壊させるならそれはとんでもないものだ。あまりに危険だと思う。どう転ぶにしても力が強すぎる。
「お前、本当に自分の星を変えるつもりなのか。そんな大それたこと出来るのか。ていうかしたいのか」
「分からないよ。でも正直、今の社会がどうなのかっていうのはずっと思ってたんだ。薬が抜けた今ははっきりと間違ってると思う。でも、だからって行動できる気はしないよ。自分一人の手で、僕の星の命運をどうこうするのは正しいことなのか分からない。それに、そんなことをこなすのはとても恐ろしいよ」
「そうか。そうだろうな」
こんな大きなことを一人の判断で行うのは果たして正しいのか。行ったとしてその責任を取ることなんてできるのか。いくら愛する者の遺言だったとしても、行うにはあまりに重大すぎるのだ。自分がシノの立場でもやはり同じような思考の堂々巡りに陥っていたと思う。そういう問題だ。普通に生きていたら絶対に出くわさない。
「うーむ。だがあえて私の考えを述べておこう。部外者だから好き放題言う。腹が立ったらブチ切れてくれて構わない」
「う、うん。なんだい」
「私が思うに、お前の前にある選択はやはり恐ろしく重要だと思う。星の命運を左右するものだ。そして、それは恐らく早々手に入るものじゃない。お前の星のシステムでは反乱を起こすという考え事態が浮かばないわけだ。お前の知り合いの『彼女』さんみたいな恐ろしい変わり者が現れないかぎり永遠にそのきっかけさえ現れない。そして『彼女』さんみたいな人物が現れたとしても本当に変化させる方法を見つけるのはまた至難の業だ。つまるところ、お前が今持っているモノは今までも、そしてこれからも、ほとんど現れない奇跡みたいな確率の産物だということかもしれん。そして、それを行使しない限りお前の星は永遠に変わることはないかもしれない。お前は今、そういう本当に重要な局面に立っていると思う。それも星レベルの規模で。私が思うのはそういうことだ。決めるのはお前だ。それに、その情報にそんな確実性がないなら、分の悪い賭けだとも思うしな」
「う、うーん」
ツグミさんの意見を聞いてシノは考え込んでいた。確かにツグミさんの意見にも一理あるのかもしれない。シノが握っているのは、ずっと変化するはずのない星にようやく訪れた変化のきっかけなのかもしれない。そう思うとことは政府への反乱とか、自分の心理的重圧に加えて、歴史的な局面という、実に恐ろしく重大な意味を持ってくる。
「本当に部外者だからって言いたい放題言ってくれるね。僕の昏迷が深まるばかりじゃないか。恐怖心が増すばかりじゃないか。プレッシャーが強くなるばかりじゃないか。もっと動けなくなるよ」
「うん、そうだと思ったよ。だから前置きをしただろうが。でも本当に重大な局面だから手がかりになる情報は多い方がいいかと思ってな。とりあえず言わせてもらった」
「大体、彼女のような人間が現れないとは限らない。やっぱり社会を変えるきかっけだって掴むかもしれない。それは僕らが思ってるほど小さい確率じゃないかもしれないだろ。これからどうなるかは分からない」
「そうだな。それはそうだ」
「そうだとも。でもそうやってこの社会が8000年続いてきたのも事実なんだ」
「8000年だって。そんなに経つのかお前の星の社会制度は」
8000年変わらないシステムとはすさまじいものだ。ドゥの作ったシステムは文明を8000年維持できたのだ。それはとてつもなく完成されたシステムだ。ある意味で間違いなく成功している。だが、問題は成功に幸福がともなっているかということだろう。シノが疑問に思うのはそういうことだろう。愛する者と添い遂げることさえ出来ない社会に疑問を感じているのだろう。
「これまでも、反乱を起こそうとした人間は居たのかもしれないよ。そして全部潰されているだけかもしれないよ。僕もその一人になるだけかもしれないよ」
「そうだな。8000年もあればそういう可能性は高いだろう。そうなると私の意見はあんまり参考にならんか」
「ああ、まったくだよ」
「うん、混乱させてすまなかった」
ツグミさんは謝った。シノはむすっとしてしまった。ツグミさんの言うことも一理あるかと思ったが、確かに8000年もの間『彼女』さんのような人間が居なかったとは考えにくかった。それだけの長さがあると出現しないことのほうが奇跡かもしれない。それさえも押さえ込めるなんて言うのは常識を超えているだろう。
「なら、私の話はこれくらいにしておこう。それで、これからどうする」
「・・・・・どうしようか」
「船は作った方がいいと思うぞ。星に帰るとしても、帰るのを止めてまた別の星に逃げるとしてもな」
「そうだね、そういう選択肢もあるか。メモリさえ置いていけばドゥも必要以上に僕を追うことはしないだろう。星に無関係になった人間にいつまでも手をかけるのはあまりに非合理的だからね。そうだな、ならとりあえず船を作ろう」
「そうだな、そうしろ」
シノはやる気だった。これもいつまで保つものか良く分からないがとりあえず見守るとしよう。船が完成して、ドゥ達が現れた時、そのメモリとやらを差し出せばなんとかなるのかもしれない。ならないならその時こそツグミさんが援護するしか無いだろう。これでいいのかは良く分からないが間違った選択ではないと思う。少なくとも私にシノを攻めることは出来なかった。
「そうだ、また一つ欲しい材料があるんだけどね」
そう言ってシノが振り向いた時だった。突如として天井が崩れ落ちた。次に壁も割れ床も割れ、部屋が潰れた。砂埃と轟音に巻き込まれ私とツグミさんは落下した。
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