第8話
「おーい、来たぞ」
「なっ? 何普通に入ってきてるんだよ! 連絡入れたら入り口をそっちに作るって行っただろう!」
平然とアパートの玄関から入った私たちにシノは激昂した。時刻は午前。朝起きてご飯を食べ終えて、家事を済ますと私たちはすぐにシノのアパートへとやってきた。シノは怒っているがもう敵の目を伺う必要はないのだ。
「無意味だシノ。もう向こうにこっちの拠点はバレてる」
「はぁ? 冗談にしてもタチが悪いよ! え? 何、マジなの?」
私たちは昨日帰りにあった出来事を説明した。シノは話が進むに連れどんどん青ざめていった。
「ドゥが出てきたのか。これは、本当に大変なことになった」
「あの女はやはり相当の重役か」
「星の統合政府シンクタンクの最高責任者だよ。一時期滅亡寸前だった星を立て直したのも今の社会制度を作り上げたのもあの女さ。僕の星を事実上管理してると言っても言いすぎじゃない」
「それは、本当に大変だな」
シノは本気で頭を抱えていた。嫌な脂汗もどんどん出ている。自分の置かれた状況に苦悶していた。私達も重い空気に沈黙する。しかし、その合間にちらりと工房の方を見て、言いたいことがあった。
「シノさん。まったく進んでませんね、作業」
「まぁね」
もはや罪悪感すらないようだった。恐怖によって塗りつぶされているのか、それとももはやダメさに吹っ切れているのか。私は前者を隠れ蓑にした後者だと思った。
「まぁね、じゃないんだよ! とっとと作業を始めるんだよ!」
「そんな事言ったって。完成させたら連中に奪われるだけじゃないか」
「それでも完成させなかったらお前の機密情報を届けることも出来ないぞ。そもそもその場合はその場合でどうせここに攻めてくるぞ」
「ぐぬぅうううっ!」
シノは呻いた。
「どっちにしても作るしか無いんだよ」
「無理だよ」
「その時は私が戦う。それでどうだ」
「ドゥをなめちゃダメだ。頭脳一つで星を動かす奴だぞ。超能力くらい、いくらでも対応するだろう」
「むぅ。でも、どっちにしてもやらなくちゃどうにもならんぞ」
「分かってるよそんなことは! でも、恐いんだよ! 自分のしてることの重大さがようやく感じられて、すごく恐ろしんだ! もっと僕の気持ちを察してくれよ!」
シノは叫んだ。心からの絶叫だった。ツグミさんは相手が本気で怖気づいていることに気づいて押し黙った。
「・・・・・すまなかった。勝手ばかり言ったな」
「・・・・・いや、僕も叫んで悪かったよ・・・。でも、やっぱり無理だよ。こんな大仕事、やっぱりこなせるわけなかったんだ・・・・」
「お前の運んでいる情報は何なんだ。あいつは『ギャラクティカ』だと言ってたぞ」
「そうか、もうそれほどの扱いなんだね」
シノはすうっと大きく息を吸って天上を見上げた。どうやら叫んだら少し落ち着いたようだった。それから顔をを降ろして私達を見た。
「聞いたら君たちも共犯者だ。いいのかい」
「ああ、構わんさ。どっちにしても私たちはお前に協力してる時点で共犯者なんだ。それにこっちの文明だってそこまでボンクラじゃない。私達二人を隠すことぐらいできるさ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「そうか、なら話すよ」
そうしてシノは自分のこれまでのこと、そして自分の持つ『ギャラクティカ』について話し始めた。
僕は星の調査団の一員だった。この調査団は僕達の星の人間が住める新しい星を見つけて、テラフォーミングするのが役目だった。僕の任地はすでに発見され開拓が進められていた星の一つだった。植民惑星としては14個目だった。僕は技術者としてテラフォーミングに使う各種装置の管理が仕事だった。ある程度システムが確立されてる星では労働なんて大したことはしないんだけどここは違った。毎日毎日ハードだったよ。次から次に機械は不調を起こすし、それに加えて他の作業との調整もある。目が回るようだった。
僕たちは感情を薄めるために毎日薬を打つんだ。それを怠ると重罪でね。毎朝、朝食後に首筋に打つのが決まりなんだ。感情が薄くなるって言ってもなくなるわけではないんだけどね。仕事が辛いとか腹が減ったとか、何かを感じることはある。ただ、そこから先の感情が無いって感じでね。思うけど、仕事を辞めたいとも思わないし、隠れて時間前に何かを食べようとも思わない。行動を起こすほどに感情が高まるってことがないんだ。だから、誰も犯罪を起こさないし、与えられた仕事はこなす。誰も何かに逆らうってことがないんだな。そういう仕組でまとまっていた社会だった。
「久しぶり、シノ君。顔を合わせて話すのは久し振りだね」
そう彼女は言った。その日にあれを見つけたんだな。彼女は僕の大学の同期で同じ任地に向かわされた仲間だった。部署が違って、来てすぐ別の場所に行ってたんだけど、その日、僕は彼女の研究所に仕事が出来ていてその日行ったんだ。
「ああ、久しぶり。調子はどうだい」
「まぁまぁかしら。こう毎日毎日砂嵐だといい気分ではないわね」
「僕もそうさ」
「じゃあ、案内するわね」
「よろしく頼むよ」
何でもない会話をしながら僕は仕事場に案内してもらった。研究施設の浄水装置だった。度々誤作動を起こすということだった。しばらくすれば治るという話だったけど、これが動かなくなれば文字通り死活問題だ。早めの対処が必要だった。僕は差し当たって、装置の状態を確認した。モニターを操作するとスキャンの結果が表示される。報告では電気系統に異常があるとのことだったが、どうも他にも異常があった。メインのパイプラインにもガタが来ているようだ。もうそろそろ装置自体を交換する必要がありそうだった。
「これは、もうそろそろ寿命だね。動くように処置はするけど、今年中に装置の交換を上に要求した方がいい」
「本当に。これ見た目の割に高いじゃない。また、文句言われそう。ただでさえ、色々要求してるから」
「ここは本当の僻地だからね。必要な物が多くなるのも仕方がないよ」
「上は仕方がないとは思ってくれないのよね。まったく」
僕はさっそく作業に入る。とりあえずは下準備だ。本格的な作業は明日からにした方がいいだろう。僕は修理用の小型ロボットを放った。それぞれが異常のある箇所に向かい、どのような作業が必要か調査を始めた。
「便利ね。全部勝手にやってくれるんでしょ」
「本来はね。ただ、ここは想定外が多すぎるんだ。僕自身が必死こいて作業しないといけない場合も多いよ。母星じゃ考えられないよ。大学で知識を知っておいて本当に良かったよ」
「あっちに居たら一生役に立たないような知識を総動員しないとやっていけないものね」
「まったくだよ」
ロボットたちから送られてくる情報がホログラムモニターに映し出される。大体の作業は持ってきた物資で済ませられそうだったが、残念なことになん箇所かは僕自身が作業しなくてはならないようだった。僕はため息を吐いた。
「本当に便利よね。何もかも。上手く出来た社会だと思う。」
「ああ、異星の参謀様のおかげでね」
「でも、本当にこれでいいのかな」
彼女はそう呟いた。僕は、今の言葉が何か引っかかった。
「どういうこと」
「今みたいに。皆が自分を失って、ただ社会を存続させる歯車みたいな、そんな世の中でいいのかな」
「仕方がないよ。そうしないと僕らの文明は維持できないんだから」
「本当にそうなの? こんな風に宇宙に進出までしてるのに。こんな形じゃないと維持できないものなのかな」
「滅多なことを言っちゃいけないよ。どこで誰が聞いてるかわからないんだから。落ち着いたほうが良い」
「・・・・・・そうね。少し疲れてるのかも」
「ちゃんと薬は打ってるんだろ」
「・・・・ええ、毎朝ね」
「なら、いいけどさ」
そう言って僕は再び作業に戻る。妙だった。というか彼女は明らかにウソを付いていると思った。恐らく社会に対する不信は事実で、薬も飲んでいないのだろう。明らかに犯罪者だった。でも、僕はあえて黙っておいた。あんまり、そういう大事に関わりたくはなかったし、それに僕でなくても他の誰かが気づくだろう。そう思っていた。でも、それとは別の理由もあった。実のところ、僕もこの社会はいかがなものかと思っていた。こんな人間性を剥奪されることが大前提にある社会は何か狂っている。それともう一つにはなんだか彼女が居なくなるのはすごく嫌だったのだ。
「なら、頼んだよ。私も自分の仕事に戻るから。暇つぶしにまた来ると思うけど」
「う、うん。こっちは任せとけよ」
「頼もしいね。じゃあね」
彼女は行ってしまった。僕はなんだか不安だったが作業に戻った。だがまぁ、作業と言っても所詮データの確認だ。自分がこなさなくてはならない作業は悩ましいがとりあえず放っておく。そうすると微妙に余裕があったのでこの際他の設備もスキャンしておこうと考えた。そうして色々とデータを漁る。さすがに機密情報のあるメインのマシンにはアクセスしないが、インフラ関係を中心に粗方を見てみた。やはりそこかしこにガタが着ているようだ。この施設も星が開拓された当初から動いているというから相当年数が経っている。全面的な改修が必要なようだった。
そうしてデータを洗っている内に、食料プラントのメモリーに奇妙なデータが見つかった。見かけは普通のファイルに偽装してあるが容量が明らかにおかしい。僕は再び不安になる。食料プラントを管理しているのは彼女だったからだ。何が入っているのかは分からない。ただ、気になった。見たら知ってはならないことを知ってしまう気がした。でも、好奇心が強かった。そして、なんだか見なくてはならない気がした。
そして、僕はファイルを開いた。やはり中身も偽装されていたが、手持ちのソフトを使って内容を取り出した。
中身はやはり知らないほうがいいものだった。
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