第7話
「いやぁ、うまかった。やはりあんこは天然モノに限る」
シノは口の周りについたあんこを拭う。合計6個買ってきたがシノは4個食べた。謝罪の印だからと私達が言うと、遠慮がちに私達の分以外をたいらげてしまった。割と横暴だが仕方がなかった。そんなことより今は宇宙船だ。
「それで、材料は買ってきたぞ。これを使えばブラックホールが作れるんだろう」
「うん、ほぼ間違いなくね」
「でも、他の部分ができてないだろう」
「うーん、正直なところもうパーツを組み立ててガワを貼り付けるだけだからやろうと思えばすぐできるんだよね。だから、先に動力炉を作ろうと思うよ。何よりモチベーションが違うから」
「なるほど、モチベーションは大事だな。特にお前は」
ツグミさんはうんうんとうなずいた。私も、この無気力人間には何より勢いが必要だと思う。
「それで、どうするんだ」
「まずは、ブラックホールを閉じ込めるためのケースが必要だ。そこで、君たちが買ってきた様々な金属が役に立つわけだよ」
「でも、全部ありきたりな金属ばっかりだぞ。これをいくら重ねたところで頑丈になるとは思えんが」
「そこで、僕の持つ『超光波材質変換装置』が役に立つのさ」
そう言ってシノは後ろからゴゾゴゾと何か取り出した。見た目はただのライトだった。
「これを使えば、似た属性の材料を別の材料に、かなりの幅で変換できる」
「お前、まるでドラ○もんじゃないか。どれだけだよお前の星の技術」
「とりあえず、アルミホイルをオリハルコンホイルに変えよう」
オリハルコンとはこの宇宙でもっとも頑丈な物質なのだと以前にツグミさんが語っていた。この物質で作られた外壁を壊すことは、少なくともツグミさんの文明では不可能らしい。ただ、恐ろしく希少で、ツグミさんの文明では存在を予言できるのみで、発見には至らなかったのだそうだ。
「すごいぞ、これは! まさか本物のオリハルコンにお目にかかれるとは」
「ほぉら、だんだん変わっていくよ」
シノがライトを当てると、アルミホイルはどんどん茶ばんでいった。最終的に濁った茶色のアルミホイルが出来上がった。それは、お世辞にも、
「綺麗とは言えんな」
「そうだね。綺麗ではないね」
「宇宙最強の金属だからもっと見た目もすごいかと思ってたがな」
「見た目はどうでもいんだよ。とにかく頑丈だってことが大事なんだ」
「そうだな」
ツグミさんは明らかにがっかりした様子だったが、シノはお構いなしにオリハルコンホイルを量産していく。そうして、5m分くらいの長さをオリハルコンに変えた。
「ようし、まぁこんなものだろう」
「それを、どうするんだ。見たところ随分簡単に形が変わるが」
「薄いオリハルコンは真空内に置くと本来の強靭さを取り戻すんだ。だからそのために外壁をつくらなきゃなんだよ。まぁ、でもそれもすぐできるから後でいいだろう。次はブラックホール自体の材料をそろえるとしよう」
「重い金属を使って、中性子の塊を作るんだったか。でも冷静に考えると、恒星級の規模だから出来る芸当で、マイクロブラックホールとなると上手くいかないんじゃないのか」
確かに太陽と、目の前の状況では規模が違いすぎる。ツグミさんの疑問ももっともだった。
「大丈夫。それは『多重次元式状況再現機構』があるから」
「また、ひみつ道具的なものか」
「これがあれば、あらゆる状況をそのスケールに関係なく再現できる。これを動力炉に組み込むことで安定してマイクロブラックホールを作れるのさ。だからとりあえず材料が必要なんだ」
「ははぁ、よく分からんが分かった。とりあえず鉄とかか。鉄球ならちゃんと買ってきたぞ。水の匂い消しみたいなやつだけど」
「それで十分だ。金属なら何でも材質を変えればいいから」
そう言ってシノは鉄球をライトで照らし始めた。そんな感じでシノはいろいろ作業を進めていった。
「いやぁ、働いた働いた。今日はこのへんで終わりにしよう」
「働いたって言っても材料をライトで照らしてただけだったけどな」
「それは言うなよ」
時刻は11時を回っていた。もうすっかり深夜だ。私たちは晩ごはんも忘れて作業をしていた。工房の中には大小様々な材質の物体が並んでいた。これが何になるのかは私にはさっぱりだった。
「明日はいよいよブラックホールを作るとしよう」
「よしきた。なんだかワクワクしてきたよ」
「うん、楽しみに待ってくれ。僕は今晩かけてほかの作業を進めるよ」
「分かった、あまり期待はしないでおくぞ」
「うん、任せてくれ」
私たちはそういったやりとりをしてシノの部屋を後にした。シノが『歪曲型空間跳躍扉』を使って黒服たちに見つからない所に出口を繋いでくれた。昼間はともかく、夜は体勢を立て直している恐れがあるらしかった。
辺りはすっかり夜だった。
「きっと、明日行っても何一つ進んでませんね」
「ああ、まったく違いない」
「晩ごはんどうします」
「こんな時間だから外食にしよう。さえずり屋なら開いているだろう」
「そうですね、あそこにしましょう」
などと、私達が話しながら歩いていると、
「ちょっとそこのお二方」
そう、呼び止める声があった。見ると、私達の行く手の通りの真ん中に女が立っていた。私達とそう年の変わらない少女だ。もこもこの毛皮のコートを着ている。髪は透き通るような銀髪だった。
「あなた方、ザルネ・シノと一緒に昼間エージェントたちを襲撃いたしましたね」
女は言った。ツグミさんは黙って女を見据える。
「お前、連中の仲間か」
「仲間、というか雇われているというか。まぁ、仲間でございますね」
「はっきりしない答えだ」
ツグミさんは戦闘態勢に入ったようだ。黒服たちの仲間ということはおそらくはなんらかの武器やなにかを持っていると思われた。さりげなく私も後ろに下がる。
唐突な登場だ。シノは私たちが出る位置をシノなりに検討して決定していた。ここが一番黒服たちにも見つかりにくいだろうという予測だった。しかし、この女はそれを見事に見抜いて現れたのだ。何らかの特殊能力があるのだろうか。どちらにしても、この女も宇宙人だろう。
「お前、その目。ラプラス星雲人か」
「ご名答でございます。ドゥと申します」
女の目は良く見ると妙だった。街灯に照らされたそれはガラス玉のような目という感じだ。比喩とかではなく材質が明らかに人間の目ではない。白目はともかくとしても青い黒目は本当にビー玉のようだ。生命感がない。
「銀河で一番頭のいい種族が何の用だ」
「単純に彼らの星に協力しているだけでございますよ。ご存知でしょう。われわれの文明はその頭脳を様々な星に貸しているのです」
「それは知ってるが、何だって参謀役が前線に出てきたんだ」
「状況確認ですね。私の認識が誤りでなければあなたは『鳥墜とし』ですね」
「ああ、そうだな。そう呼ぶ奴も居る」
「ああ、良かった。間違ってなかった」
女はにっこりと笑う。妙な女だった。敵対者に対してあまりに感情をさらし過ぎだった。
「お前はあいつの持っている情報が欲しいんだな」
「ええ、彼の持つ『ギャラクティカ』を」
「『ギャラクティカ』か。星を揺るがすレベルの現象や物体に対する俗称だったな。そんなにやばいものだとは知らなかったな」
「知らなくて結構ですよ。私たちの星の問題ですから」
女は言って、くるりときびすを返した。本当にくるりと回った。カラクリ人形か何かのようだった。
「何だ、もう行くのか」
「ええ、情報はいただきました」
「シノの場所は知らなくていいのか」
「いいえ、もう知っています。ですが、攻め込むつもりはないのでご安心を。船が完成し、出発するとき『ギャラクティカ』とまとめて奪うほうが合理的ですから」
「そうかい。頭のいい奴の言うことはよく分からんな」
「それは結構でございます」
そう言って女は去っていった。テクテクと歩いて闇の中に消えていった。人間味のない動きだった。
女の姿が消えるとツグミさんは「ぜはぁっ」と大きく息を吐いた。
「すごいプレッシャーだった」
「変な人でしたね」
「ああ、天才は変人って奴が種族レベルで当てはまるか知らんがそんな感じだろう。だが、これは困ったな。大きな障害が生まれたぞ。ラプラス星雲人の言うことだからシノの居場所を知ってるのもうそじゃ無かろうしなぁ。いやぁ、困った困った」
ツグミさんは真剣に頭を抱えていた。あのドゥとかいう女の言うとおりなら、船を完成させて、いざ、飛ばそうと言うところで横から全部かすめとられるということになる。ツグミさんの困り具合を見ると、ツグミさんの能力を以ってしても相手にするのが難しいようだった。前途多難だった。
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