第6話

「大分遅くなりましたね」

「大分遅くなってしまったな」

 私たちはシノの部屋の前に戻っていた。もう日は傾き、やがて夜になろうとしていた。明らかに調子に乗りすぎた。

「しっかり謝るとしよう」

「そうですね。待たせすぎました。怒ってますかね」

「怒っているだろうな。でも作業も進んでるんじゃないか。途中で怒って放り出したくらいは想定しなくてはならんが」

「なら、謝って作業を再開してもらうしかないですね」

 私たちはドアを開け部屋に入る。居間に進んで例の押入れを開けた。

「すまん。遅くなった」

 ツグミさんは入るなりそう言った。しかし、返事はなかった。部屋は暗かった。足元を照らすライトが点いているだけだ。私たちは最悪の事態を想像した。

「まさか、連れ去られたのか?」

「これは、まずいですよツグミさん」

「おいっ! 本当に居ないのか、シノ!」

「んー?」

 声がした。シノのものだった。どうやら寝ていたようだ。

「なんだ。ちゃんと居たのか。ライトは、ここだったな」

 そう言ってツグミさんがライトを付ける。部屋が明るく照らされた。シノは部屋の隅のソファーで寝ていた。そして部屋の真ん中のゴミ山はアパートを出た時から何一つ変化していなかった。

「お前、これ、何も進展がないじゃないか」

「んー。ようやく帰ったのかい。どれだけ待たせるんだよ! 待ちくたびれて寝たよ! 僕は!」

 シノは意識が覚醒するに連れて怒りを露わにした。本当に怒っているらしかった。申し訳ない。

「そ、それについては本当に済まなかった。余計な道草を食ってしまってな。でも、お前もこれ、私達が出てから何してたんだ。何も変わってないぞ」

「君たちがあんまり遅いからやる気をなくしたんだよ」

 シノはぷい、と顔をそむけた。まったくかわいくなかった。むしろ不愉快だった。

「いや、それにしたって、変わらなさすぎだろ。何にも手をつけてないように見えるぞ」

「・・・・・・」

 シノは顔をそむけたまま答えなかった。どうやら何もやっていないらしかった。

「結局、私達が出て行ってから何もしていのか」

「ち、違うよ、良く見てくれ! 外壁を一枚取り付けたんだよ」

「お、お前。マジでそれで何かしたって言い張るつもりか」

「・・・・・すいません」

 シノはしゅんとして肩を落とした。しかし、たちまち力を取り戻し、カッとツグミさんを睨む。

「いや、でもそれにしたって、君たちが早く帰ってくれば少しは今の時間にも作業が進んでるよ! 何でこんなに遅いんだよ!」

「それについては謝る。しかし、それはつまるところ、私達が帰るまで作業をするつもりはなかったということか?」

「・・・・・すいません」

 ツグミさんの圧倒的に冷静な意見にシノは再び肩を落とすしかなかった。しかし、それでもシノは自分の非を完全に認められないのか、ごろりと横になり動かなくなる。どうやらふてくされたらしかった。

「おい、横になってないで動け。作業を進めろ」

「いいよ、いいよ。どうせ僕が悪いよ」

 そう言って手をヒラヒラと振る。何かキザな振る舞いで腹立たしい。しかし、実際こちらも悪いのは事実なのでこれ以上強く物を言うのは気が進まない。

「ツグミさん、とりあえず買ってきたものを出しましょう」

「うん、そうだな」

 私たちは頼まれた資材以外に買ってきた包み紙を出した。謝罪のために買ってきたものである。もちろん私達の自腹だ。それを出し、箱を開けると甘い匂いが辺りに広がった。

「そ、それは。蒼崎屋のたい焼き」

「しかも、天然小豆のプレミア品だ。今日は金曜だから売ってたんだ。これが私達の謝罪の気持ちだよ」

「ま、マジか。許すよ。許すから食べよう。お茶を用意するよ」

 そう言ってシノは台所に急ぐ。どうやら機嫌を直してくれたようだ。私たちは一安心した。

「いやぁ、シノの口に合ってよかった。どこの星か知らんがたい焼きのうまさは分かるようだ」

「とりあえず食べてから、どうにか作業を再開させましょう」

 あとどれぐらいで完成するのかは分からないが前途多難のようだった。

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