第2話 モバイル艦隊

 私はモバイルデバイス好きである。今は「ガジェット」とか言うらしい。。。

 特にキーボード付き、しかもガラケーで主流のテンキーよりも、QWERTYと呼ばれるパソコンでお馴染みの並びのキーボードを備えたデバイスが大好きだ。古くはハンドヘルドPCと呼ばれた乾電池で動くノートPCの子供のようなデバイスから、android搭載で「フルキーボード搭載」と鳴り物入りで世に出たとたんに絶滅危惧種になってしまったデバイスまで様々である。

 画面しかない「ふつーのスマホ」は便利なのは認めているので1台だけ持っている。

 1台で充分だし、壊れなければ他のを欲しいとは思わない。

 つまり無いと困るが食指が全く動かない。1台あればお腹いっぱいだ。

 

 キーボード付きをこよなく愛する私だが、ちゃんとしたブラインドタッチはいつになっても出来ない。それなりに早く打てるようになったが【打鍵音はそれっぽいがテキトーである】【しかも何割かは「Delete」や「Back space」】、まあとにかく得意ではない。仕事でパソコンを使うことがない妻の方がよっぽど早い【しかも完璧なブラインドタッチだし】

 それでも私はキーボード付きに拘(こだわ)る。


 何故だ。。。【坊やだからさ。】

 そう、小説を描くようになったから【いや違う。】

 機能的なモノは美しいから【それは言えてる。】

 

 小説を描くようになったのは最近のことで、実は、もっと前からキーボード付きのガジェットが好きだった。

 しかも小さければ小さいほど「偉い」のだ。

 しかし、小遣い制のサラリーマンである私は、発売したてのガジェットは買えない。。。ひたすらカタログを漁り、ほとぼりが冷めるのを待つ。。。待つとはいっても、店頭価格が下がり在庫処分になるとか、そういう甘いスパンではない。私の手に入る値段になるまで待つ。ということだ。早くても3年はかかる。その頃には勿論新品はない。中古で買う。探し回らなくてもネットオークションという強くてリスキーな味方がいる。外観は納得できる程度かどうか、という所有したい者にとって最も判断に必要な点が「グレー」だが、本当に綺麗な中古品もある。それはそれでスリリングな賭けだが、そもそもパチンコですらやらない私にとっては、それぐらいの賭けはいいかな。【自分に言い訳するチキンな奴】

 一度に使えるのは両手だけなのに、いつの間にか2台以上所有している状況が続いていた。両手に余るとはこのことか。。。


 そんな私の行動【性癖みたいって言うな~】に不安を感じたのか、第一子を身ごもっていた頃のうら若く美しい妻(今も美しいですよ~。なかなかオシャレしてくれないのが勿体ないぐらい綺麗です。)【ちなみに妻は私の作品を読まないので、ビビってるわけじゃないですよ。】

 その妻が真顔で言うのです。

「子供が出来たら、教育に悪いから1台にしてね。」


 当時は携帯電話のmovaとFOMAの混在期。ストレートに折りたたみにフリップ。。。形も機能もいろいろな携帯電話が世の中に乱舞し、店頭では携帯販売店に対するインセンティブとかいう報償制度により端末は殆んどタダ同然。小遣い制の貧乏さでガジェット我慢が脳味噌中に充満してしていた私は、契約期間を守りながらも携帯を「とっかえひっかえ」していた。妻の目には、気に入って使っていたのに新しいのが安くなって契約期間が過ぎたとたんに次の携帯に「乗換える」私に、女性として不安を感じたという。

 当時の私、ほとんど病気でした【ビョーキさ(出典 「君のとなりで眠らせて」by B'z)古くてゴメンナサイ】


つまり。。。

 私も「とっかえひっかえ」されちゃうんじゃないかしら。。。と妻は心配になってしまったらしい。

【女性にモテたためしが無い、つまり「モテ期」が無い駄目男な私をそこまで心配するとは、、、】

 当時、あの状況で上目遣いに心配そうな目でそう言われたら。。。ん~。なんて愛おしい。感無量であった。

 そして、一発で、その病気は治った。


 あ、ちなみに現在は全くそんな心配をされておりません。残念ながら。「子を産むと女性は強くなる」というのは本当でした。【いつ私の「モテ期」は来るのだろうか。。。】


 さてさて、表紙を飾るモバイル達、私が保有しているデバイス達である。【「所有」ではなく「保有」と言うところが軍事オタだよね~。】

 じつに見事な眺めである【そんなに持っててどうすんの?】

 そう、すっかり「あの病気」は再燃してしまったのだ。

「だって、小説書くのが趣味になっちゃったんだもん。」【詭弁だよね~】

という私の必要論に、自分に重ねて心配していた気持ちも今は「どこ吹く風」な妻。

 そんな妻はある日、まだ2台しかなかった彼らを並べて手入れをしている私に言った。【いや3台はあったんじゃ。。。】

「モバイル艦隊だね。」

 私の中で何かが弾けた。

 おおっ、なんとしっくりくる言葉、規制を諦めたことを示す甘美な言葉。なぜなら、「艦隊」という言葉で認知したということは、2隻以上【2台ね(苦笑)】の保有を認められたことになるのではないか。

 もはや妻の心配や規制がないことを知り、そして「物書き」という大義名分【自分への言い訳でしょ】もある。

 最初は2~3台の範囲の中で、最も使いやすい端末を買っては売ってを繰り返しながら、遠慮がちに最良の執筆環境を求めていた私だが、妻の反応が悪くないのをいいことにその範囲を拡大していった。

 かつて「海軍の休日」と呼ばれ、建造を制限されていた各国海軍が「ロンドン海軍軍縮会議」や「ワシントン海軍軍縮条約」から解放されて、ありったけの国家予算をつぎ込んで軍艦を作りまくったあの頃のように。。。

 そして私の食指が動くの端末が流行のから置いて行かれたものばかりだったのも幸いした【災いね。家族にとっては。。。】つまり、かつての高値の、もとい、高嶺の花も数千円台で手に入るほど廃れてしまっていたのだ。

 なぜ君達は流行らなかったんだろう。。。

 彼等の不遇振りを嘆きながらも、このご時世に感謝しなければならない。なぜなら、私でも入手できる価格なのだから。。。

 表紙の写真が、今の私の全力である。もしかしたら妻も把握していないかも知れない、この肥大した艦隊を。。。

「モバイル艦隊」

 私がエッセイを描こうとしたときに真っ先に浮かんだ言葉、そして妻にそれを言わせてしまった私の不甲斐なさ。。。やはり表紙はこれでしょう。。。

 妻が買い物に行っている隙を狙って、ダイニングテーブルに艦隊を配置し、「便利だが食指の動かない」フツーのスマホで表紙を飾る写真を撮る。

 寄ってくる子供達に適当に応えながら、各端末に表示する文字を打ち込んでいる。そこに聞き慣れた車の音。。。

「あっ、お母さんだ。」

 子供達の声に、久々に鼓動が高まる。いや、恋とかそういうのではない。独り暮らしをしていた独身のあの頃、部屋に近付く堅いヒールの足音に高まった鼓動とは違う。立場と役割が変化していくことが鼓動の感じ方をこれほどまでに変えてしまうのか。。。時の流れは残酷でさえあるが、これが幸せの変化形であることも確かだ。。。


 しかしとにかくヤバいのだ。。。何がって、当局が、もとい妻が艦隊の全てを把握していなかったのなら、卒倒モノの風景がダイニングテーブルの上に広がっている。

 もし知らなければ

「こんなに持ってて、どーすんの?」

 となり、経済制裁という名の小遣い削減、あ、違った、小遣い削減という名の経済制裁の嵐が吹き荒れるであろう。

 かといって今更撤収できない。あとはシャッターを切るだけだ。全部は無理だが、せめて数を減らさねば。。。どれをポケットに隠そうか。。。

 もうだめだ。家族のために、家計のためにあちこちのスーパーを回って買ってきたであろう重みのある食材の入ったマイバッグの擦れ合う音がすぐそこに迫る。

 そして私の目の前に広がる決して家族のためにも家計のためにもならない無駄の数々。

 もう無理だ。

 言い訳も何も考えつかない。

「い、いや~。エッセイの表紙の写真をとろうと思ってね。今、どかすから」

 考えていた言い訳よりも早く口が真実を吐き出した。いかん、口は妻に従順だ。既にモバイル艦隊を守る「私」という戦線は崩壊している。

「モバイル艦隊って文字を画面に大きく出したいんだけど、使わないと出し方忘れちゃって。」

 そうなのである、普段使っているのはこの中の2台程度であり、撮影に手こずっていたのは、文字の出し方を忘れていたからだった。しかし、そんなことを正直に言ってしまったら、「いらない」と言っているようなモノだ。速攻でオークション行き決定だ。

 やはり、駄目だ。私の口は妻に嘘を言わない。何という麗しき習慣。。。

「まとめてオークションに出すのかと思ったよ。慌てなくていいよ。ゆっくり撮りな。」

 まとめてオークション。。。それが我が家にとって正しい答えかもしれない。

 が、

 どれも捨てがたい

 というのが私の本音。。。

 あの頃の。。。モノを書くのが嫌いなのにガジェットに囲まれていた私、用途もなくガジェットを買いあさっていたあの頃の私とは違う。今は「描く」ために必要なのだ。

 「描く」という大義名分を掲げたモバイル艦隊が表紙に収まる。


 いい眺めだ。。。


 心なしか写真がブレブレなのは私の心の動揺か。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る