第11話 女剣士の縁談にまごつく幻十郎

道場着から着物に着替えたみさとが茶を点ててい

る。


幻十郎は、まるで借りてきた猫のように、みさと

の前でかしこまっていた。


もう、かれこれ半年は会っていない。


背中越しに見る、みさとの仕草からは、とてもこ

の道場の主の面影は感じられない。


幻十郎が、この道場を辞めると言った時に泣きじ

ゃくった、みさとの嗚咽姿が思い出された。


未熟者だった。

あの時の私は・・・


もういい。

済んだ事だ。


みさとが、幻十郎の方に向き直った。


そそと、点てた茶を、差し出した。


指先が、鮎のように細い。


剣術の稽古はしてなかったのだろうか。

つまらぬ疑問を持つ。


「お久しゅうございます。丁度よかった。私、

 幻十郎様にご相談したい事がございまして」


「相談とは・・?」


一口茶をすすりながら尋ねると


「世吉、すまぬが席をはずしてはくれぬか」


世吉が襖を、ピタリと閉めると、みさとが、ジリ

ジリと近づいてきた。


思わず、後ずさりする幻十郎に、いたずらっぽく

ほほ笑むと


「少し内輪な話故、もそっと、近づいていただ

 かないと困ります」


甘い香りが漂ってくる。稽古着の時はそうも思わ

なんだが、こうして着物に着替え、改めて見れば

、みさとはもう、すっかり大人の女だ。


成り行きとはいえ、こうしてみさとと一つ部屋に

二人きりでいていいのか、急におじけついた幻十

郎に


「もそっと・・お近くに」


しかたなしに、言われるがまま、幻十郎はみさと

に近ずいた。

 

「実は縁談が舞い込みまして」


「縁談?」


幻十郎はみさとを見返した。


よく考えれば、不思議でもなんでもない。


適齢期のおなごに縁談が舞い込むなどあたりまえ

だ。


しかし、今日まで剣術一筋に来たみさとに、改め

て縁談などと言われれば、驚いてしまう。


こうして、着物に着替えれば、美しいおなごにち

がいない。


「さようで・・」


思わず口から出た言葉にみさとが噛みついた。


「なんですか、その気の無いご返事は」


「気のない・・と申されても」


「私は幻十郎様にお聞きしてるのです。どうし

 たらよいかを」


「えっ・・私がですか」


「そうです、幻十郎様なら、どうお答えなさる

 かと」


ふーむ・・


幻十郎は顎を撫でた。


思わぬ展開に、途方にくれたのだ。


「しかし、私がみさき殿の縁談に、とやかく言

 うのも・・」


「そんな事を聞いているのではありません。幻

 十郎様がこの縁談を、どうお思いか、それを

 問うておるのです」


頭のなかで例のおかしな声が響いてきた。


(あなたもてるね・・よく見たらいい男だし。それに

 しても女心がちっともわかってないね)


「なんだと!」


「えっ?」


みさとが幻十郎の独り言に首をひねっている。


おいおい何なんだ、この頭の中の独り言は

       続く

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