第9話 蛙君が頭の中で喋りまくってうるさいよ

「なんだお前は」


男が幻十郎を見据えた。

下卑た口元に、忌まわしい過去が垣間見える。


人の生死で録を育んでいる男だ。


幻十郎を襲った浪人者がチラッと頭をかすめた。


「喪心流か」


道場中がざわめいた。剣術に親しんでいるもの

ならば、一度は聞いた事がある邪剣の流派だ。


またの名を刺客剣とも呼ばれていた。


「名を名乗れ」


「お前の仲間を切った男だ」


いきなり、男が木刀を投げ捨てると、道場片隅に

置いてあった自分の剣をつかむと鞘を投げ捨て、

白刃を幻十郎に向けた。


「立ち会え」


「傷を負った男は無事だったか」


幻十郎の問いに、いきなり、男は切りつけてきた。


「貴様何をする、ここは神聖な道場だぞ」


あちこちから、罵声が飛んだ。


「待て、ここは私に任せてくれ」


みさとの目を見つめ、幻十郎は目くばせで自分

の考えを示した。


幻十郎と男は道場の中央に構えた。


「誰ぞも言っている。ここは道場だ。神聖な場

 で貴公と真剣で立ち会うことは出来ぬ。私と

 立ち会いたければ、木刀を持て」


「けっ、しゃらくさい」


男は、木刀に持ちかえると、ジリジリと幻十郎に

にじり寄った。


木刀の先を幻十郎に向けいつでも突いてくる構え

だ。


興奮はだいぶ落ち着いたようだ。

このまま正確な突きを打ち込まれたら、この身体

・・かわしきれぬやも・・そんな弱気な思いがよ

ぎったとき、また可愛いい声が頭の中を駆け巡っ

た。


(飛んで、あいつが来たら、思いきり飛んで上

 から脳天叩き割ったら、勝っちゃうよ)


「誰だ、お前は」


(今はそんな事詮索してる暇ないでしょ。ほら

 ・・突いてくるわよ、あの男、一突き目が勝

 負だわ。飛んで、思いきり飛んでみて、いい

 から騙されたと思って、とにかく飛んで!)


頭の中が、がなりたてる正体不明の雄叫びで、一

杯になった時、最初の突きが放たれた。


「たぁ!」


短い気合とともに、幻十郎は思いきり飛びあがっ

た。

         続く

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