第5話  幻十郎の住処

丸二日寝たきりだったとは正直驚いた。

道理で腹に力が入らないはずだ。


止める常磐津ときわずの師匠を振り切り、街に出た幻十郎は

両の手をふところに入れると、苦笑した。


ならば、まずは(あそこ)に行かねばなるまい。


行き着いた先は料亭柳。

暖簾のれんをくぐって店内を見る。


誰もいない。

相変わらず不用心な店だ。


奥に行こうとすると、その奥から娘が出てきた。


「あ・・!」


幻十郎の姿を見つけると小走りに寄ってきた。

10歳になる、お小夜さよだ。


わけ合って、柳の店で働いている。


女将おかみさん呼んできます」


お小夜は飛ぶように店の奥に入ると、やがてカラ

カラと下駄の音が響いた。


「ま・・旦那、、何してたんですかね・・どこ

 かにいい人でも見つけたんですか?」


「いや、チョイ大きな虫に腹を刺されましてね」


自分の腹を軽く叩き、よろける素振りをした。


「あら、お怪我?」


気のいい女将だ。

幻十郎の仮住まいにもなっている。


亭主の橋爪厳衛門はしずめげんえもんとは義兄とのつながりで、なん

となく居候する形になっていた。


物騒だから用心棒代わりに居てくださいと頼まれ

ている態だが、義兄が裏で画策しているとは、幻

十郎も薄々気付いてはいたが、知らぬふりをして

いた。


堅物で、何かといえばそろそろ身を固めろと、口

うるさいので、幻十郎もついつい、疎ましくなり

、結局やくざの笠岡一家に入り浸り状態になって

しまっていたのだが・・・。


「厳衛門さんは?」


「留守ですよ」


幻十郎のホッとした顔を見て、女将は思わず笑っ

た。


「いえ・・そうじゃないんですが・・・」


女将にも逆らえない。


「何か御召しになりますか?」


「そうそう、ひさし振りに女将さんの手料理食

 べたくなりましてね」


「何をすっとボケたこといってるんですかねえ

 ・・うちの料理はみんな、板さんが調理して

 るでしょうに」


「あはは・・そうでした」


「いつものお部屋で待っててください。すぐに

 用意させますから」


「すまない、女将さん。ところで矢七はいます

 か」


「ええ、いますが?」


「ついでに呼んでいただけませんかね」


「また、何か、危ないこと始めるんじゃないで

 しょうね」


女将が眉をひそめたので、幻十郎は慌てて打ち消

した。


「違いますよ。聞きたい事があるだけですから」


           続く

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