第3話 あこぎな話とは思わないか
「すんません、師匠。あっしは詳しいことはよ
くわかりやせん。とにかく親分から30両も
らってこい、さもなきゃ、師匠を連れて来い
と言われただけでして」
「あたしを、どこに連れて行くつもりなんだい
?」
いつも、あれだ。
のらり、くらり、笑顔で相手を煙に巻いてしまう。
しかし、今回のこの話はどうも、胡散臭い。
どう考えても金に困ってない常磐津の師匠に無理
やり1両借金させ、揚げ句に30両返せとは、穏
やかな話じゃない。
いくらあこぎな笠岡でも、こうも露骨な手を使う
にはそれなりのわけがあるんだろう、これは、師
匠の笑顔だけでは解決できそうな問題じゃないぞ
・・
幻十郎は刀を脇に差すと勢いよく障子を開いた。
「あっ!」
万吉の目が、ひっくりかえった。
恐ろしいものを見るように幻十郎を見つめている。
「万吉の兄い・・どうしたんだよ。まるで幽霊
を見るような顔をして」
「せ・・先生・・先生は死んだって聞いてたも
んで」
「親分がそう言ったんだな」
「へい」
合点のいかない顔でいつまでも、幻十郎を見つめ
ている。
「ほれ、私はちゃんと足がついている。幽霊な
んかじゃないよ」
自然と常磐津の師匠をかばうように、万吉と師匠
の間に胡坐をかくと、脇差を抜いて横に置いた。
どうも立っていると刺されたわき腹がうずいてし
ょうがない。
「で・・先生がどうしてここに?」
「どうして・・て。万吉の
も無粋なことを聞くじゃないか。男と女が一
つ屋根のしたにいるんだよ、聞かずともおお
よその事は想像つくだろうが」
「そりゃ・・まあ」
「で、万吉の兄い、さっきの話だがな、一両借
りて30両の返済・・こりゃ穏やかな話じゃ
ないよな。師匠その一両はいつ借りたんだい
?」
「二日程もまえかなあ」
とろんとした声で常磐津の師匠が答えた。
「兄いよ。おかしいと思わないかい。1両が
2日で30両だぜ。こんなあこぎな商売、
笠岡一家ではやっているのかい」
「いえね、先生、こう・・先生の前だから言い
やすがね、あっしもおかしいとは思ったんで
すがね、やっぱ、親分の指図には逆らえやせ
んし」
「じゃあ・こうしようや。ここは私の顔を立て
て、このまま帰ってもらう。しかし兄いもま
さか、手ぶらでは帰られないだろうか、この
話は私が後から親分のところに話をつけに行
くって・・これでどうだろうか」
まだ、納得のいかない顔をしている万吉に
「なんなら、ここで(どんぱち)やって兄
さんの顔に一つ二つ切り傷でも作ろうか、そ
うしたら兄さんの面子も立つだろうし」
「いえ・・も・・もう・・めっそうもない。先
生にたてつくなんて、あっしにはできやせん
し」
幻十郎は、用心棒をしていた笠岡一家の若いもんに剣
術も教えていた。
教えるというより、暇を持て余していたので、退屈し
のぎといったところか。
その中でも万吉は稽古熱心な男だった。
もともと剣術が好きなのだろう。
幻十郎の顔を見つけると、しきりに稽古をつけてくれ
と寄ってきた。
だからこそ、幻十郎の強さをよく知ってる男だ。
「わかりやした。すべて先生におまかせします」
続く
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