第2話 常磐津の師匠が借金を?

天井の節目が笑っていた。


左右を見ると、小奇麗に片付いた六畳ほどの一間。


中央に敷かれた布団に幻十郎は寝かされていた。


そっと掛け布団を跳ね上げ、腹部を手でなぞって

みた。


真新しいサラシで腹部が固く巻かれている。


そうか、蛙を踏みそうになり避けようとして隙が生

まれ刺されたのだ。


突かれた場所あたりを手でまさぐってみたが、わ

ずかに痒い感じはするが、痛みはない。


どうやら生きているようだ。


死んでも惜しいとは思わなかったが、こうして生

きているところを考えれば、まだまだ神は幻十郎

を生かしておくらしい。


上半身だけ起こしてみた。


わずかに痛みは走ったが起き上がれない痛みではな

い。


床の間には、自分の刀が置かれてあった。


常磐津ときわずの師匠の家か・・


そう、思いだした時、隣の部屋から、聞き覚えの

ある、男の声がした。


「おう・・邪魔するぜ常磐津のう」


悪評高い笠岡の子分、万吉の声だ。

親分の笠岡と違って義には厚い男だ。


幻十郎がいる部屋は一番奥の部屋らしい。


「なんです、いきなり扉を開いて」


甘ったるい、師匠の声だ。


「親分からの言いつけで、30両取り立てにき

 やした」


ん・・常磐津の師匠、笠岡に借金があるのか。


「何言ってるんですかねえ・・私が親分からお

 借りしたのは、一両、たった一両だけですよ

 。その一両も親分さんが、たっての願いだか

 ら借りてくれと、無理やり頼まれて借りただ

 けのお金じゃありませんか、それが、なんで

 すかねえ・・いきなり30両だなんて」


どうやら、ややこしい話になりそうだ。


幻十郎は、枕元にたたんで置いてあった着物に、

袖を通した。


真新しい着物だ。


常磐津の師匠が用意してくれたものだろう。

前に来ていた着物は血でどろどろだろう。


部屋は香まで焚いてくれたのだろう。

いい匂いがする。


綺麗で独特の世界観を持った師匠だが、その生い

立ちは何も知らない。


笠岡の屋敷で知り合い、気がつけば軽口を言いあ

うそんな程度の仲なのだが、死の間際で常磐津の

師匠を思い出すとは・・


幻十郎は、思わず苦笑いをした。


その師匠が、借金の取り立てに遭うとは、穏やか

な話じゃない。

         続く

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