第11話

「帰る?もう一軒行く?」と聞く。「帰りたくないけど帰らなきゃ」とミリは言う。「明日、昼から予定を入れていて」と続けて言う。「もう1時間だけ飲んでいかない?ここではあまりワイン飲めなかったからワイン飲みに行かない?」、僕は持てる知識を振り絞って代替案を出す。ミリは携帯を出して時間を見る。同時にLINEの通知に目を通す。「1時間飲んじゃうと終電がなくなるもの」とミリは言う。そして、僕はタクシー代を出すということで、1時間のミリの時間を得た。中目黒から自由が丘までなら、タクシー代もそこまで辛くない。ここで分かれるのは簡単だが、今日中にできるだけミリの間合いに入っておきたかった。


2件目は、中目黒のGTビルの近くにあるバーを訪れる。2階にあるからか落ち着いた雰囲気で常連が多い。赤いカウンターが特徴で、その赤さを浮き立たせるかのような照明のライティングが絶妙だ。ミリとゲームをする。もしも2人が付き合ったら、どういうデートをするか。ミリは散歩を提案した。場所はどこでもかまわない。僕は、それに重ねて、目黒から学芸大学のルートを提案する。このあたりは、雑貨店やカフェが多く、歩いていても楽しい。彼女はふんふん、と頷く。休憩に入るカフェではコーヒーか紅茶か。コーヒーならばカフェラテかカフェオレかで議論をする。そんな話をしていると、いつかミリと実際にその道を歩いている日々を想像する。手は繋いでいるのだろうか。どんな会話をするのだろうか。目にみたものの会話をするのだろう。それは犬だろうか、建物だろうか、それとも空だろうか。


そんな話をしながら1時間が経つ。ミリはまだそこまで酔ってはいない。2軒目は一杯でチェイサーを飲んでいた。「本当に帰る?」「帰る。また今度ね」という会話で、僕は白旗を上げる。ここまでの所作と発言があれば、よっぽどのことがない限り、場をひっくり返すことはできない。ここは、降りた方が無難だ。麻雀でもポーカーでも、勝てないとわかった勝負の時は、大負けするよりも小負けに留めるのが生き残るルールだ。


「分かった」と、山の手通りでタクシーを止めて、タクシー代をポケットに入れる。「ありがと」と彼女はタクシーに乗り込んだ。走り去るタクシーを見ながらしばらくは手を振る。ミリがタクシーからこちらを見てくれているかもしれないから。


心地よい酩酊と共に僕は自分のタクシーを止めて、その日は終わった。

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