第7話

ミリが仕事が終わる時間に駅から少し離れた場所で待ち合わせをした。僕は時間があったので一度、自宅に戻り、仕事をしてから場所に向かう。駅ではないのは、彼女がお客さんと出会う可能性があるからだろう。上島珈琲店の前で彼女を待つ。時間になっても彼女はこない。少し前に送ったLINEも既読になっていない。すっぽかされたかな、と思い、自分の期待値を下げる。こういう偶然の出会いは、気を抜くとすっと手からこぼれ落ちていってしまう。ピタゴラスイッチのように1つでもミスすると全部がお釈迦になってしまう。15分待って来なければ帰ろう。あるいは15分経った後で、もう15分待つか考えよう、と考える。


時間より5分遅れて彼女がきた。

「ごめんなさい。最後のお客さんが遅刻してきて」

「大丈夫だよ。女性のオンタイムは10分遅刻だと思っているんで」

ミリが軽く僕の腕を叩く。


「和食でいい?」

「和食でいい」

デートの時は和食かイタリアンが無難だ。服装も気にする必要がないし、何より、はずれがない。タイ料理などは食べられない子がいるし、肉は苦手な人もいる。イタリアンよりも、できれば和食がいい。なぜなら女性は100%ダイエットをしているからだ。イタリアンは炭水化物が多い、という印象があるので、それよりも野菜を摂取しやすい和食の方が好まれる。問題は色気のある和食の店が少ないことなのだけれど。


中目黒で一軒、いったことのある店に電話をしてみる。駅を外して遠回りしながら、GTタワーの方に向かう。日曜日ゆえか、その店は空いており、店に向かう。歩きながら、他愛もない会話をする。中目黒でご飯はよく食べるのか、普段は何を食べるのか。中目黒は春が気持ちいいよね、と。そのような他愛もない会話が重なると、なぜかそこの厚みができる。時に重たい話の5分よりも他愛もない会話の1時間の方が重い時もある。そう考えると、人は会話の内容よりも、会話のキャッチボール自体に価値をおいているのかもしれない。

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