第6話

「私は、自分が制御できなくなる人間だと気づいてしまった」とミリは言う。今回、私は眼の前に彼がいるのに、ジェイムズを追いかけてしまった。その瞬間、自分は倫理だとかは考えられなかった。彼のいる前で声をかけなかった分の自制力はあったのかもしれないけれど、それはどちらかといえば、自分の生命の危機を回避するための本能の行動に近い動きだった。それ以来、私は自分が信じられないの。もしまた何かあれば自分の知らないところで別の自分がでてきそうで。そして、ミリは結局、彼とは分かれた。彼とは性行為はできなくなり、目も合わすこともできなくなった。何かが損なわれてしまい、それは修復不可能なものだった。


僕はマッサージを受けながらこの話を聞いた。そして、ミリともっと話をしたい、と思った。一種の好奇心のようなものだったのかもしれない。あるいは、彼女が残ってしまった何かが、非常に彼女を魅力的にさせたのかもしれない。時に人は、その人との違う点が魅力になることもある。


マッサージ自体は特に特筆すべきのものではなかった。ないし、僕が彼女の話に吸い込まれていたからマッサージへの感度は弱まっていたのかもしれない。いずれにせよ、僕は彼女の話に強く心を掴まれた。僕は施術が終わった後、彼女に連絡先を聞いていた。「もう少し話したい」と。彼女は少し戸惑い、ためらった。どうしようかな、とひとりごちた。「今日、仕事が終わった後にご飯でもいきませんか」と続けて僕は言った。「今日ですか?」と彼女が答える。結果として、僕は彼女からの連絡先を得て、待ち合わせ時間と場所を決めた。食べたいものはフォークを使わないもの、というオーダーだった。「明日以降はわからないけれど、今日は少し飲みたい気分かもしれない」というのが彼女の言葉だった。

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