第2話

その日、選んだマッサージ店は、初めて行く店だった。ヨーロッパのキャンディのような名前をしたそのマッサージ屋は、普段は人気のお店で予約が取れないのだが、日曜日ゆえか予約がたまたま取れた。予約が取れれば話は早い。時間にお店に訪問し、電話して、部屋番号を聞いて、部屋にはいる。その一瞬が、このマッサージの醍醐味といっても良い。「今日はどんな人なのか」とドキドキと胸を躍らせる。その期待を超えるような出会いは5人に1人もいないのだが、だからこそ、「こんな素敵な人が」という出会いには、アドレナリンがとめどなく溢れ出る。人が賭け事にハマるのもわかる。人は不確実性に恋をするのだ。だからこそ、食べログの評価がないお店にも客が訪れるわけだし、風俗では指名をしない客がいる。その日、彼女をみた時の感想は、「きれいな顔だな」というシンプルな印象だった。「誰に似ている」もなく、あるいは「わぁ嬉しい」というものではなく、いわば、白い陶器の花瓶が評価されるごとくの「きれいだな」という印象だった。

 お茶を飲み、コースを確認し、注意事項の説明を受け、料金を支払う。少し他のお店よりは割高だが、そんなお金はどうでも良いほど、この店の持つ雰囲気は居心地が良かった。照明、匂い、広さ、そして、足元のマットさえも、計算しつくされているお店だった。人気なのもわかる。ガムをかんでいるのを忘れ、吐き出そうとする。しかし、ポケットには紙の1つもない。レシートに捨てようともぞもぞしていたら、彼女がティッシュを出してくれた。「ありがとう」といい、僕はそのティッシュに吐き出したガムをポケットにします。「未理といいます」と彼女はいった。

 ミリの施術は彼女の顔の美しさに引けを取らないほど美しい手際だった。そして、それ以上に会話のテンポが心地よい。僕の反応に対して、適切な回答を選んで、適切なテンポで回答をする。「最近、パリに行ったんですよ」とミリは切り出した。「パリ、いいね」と僕はなんのひねりもない凡庸な回答をする。そして、ミリはパリでの不思議な体験を語りだす。

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