第19話「バニル」




 ダンジョンの奥にいた仮面を付けた男は自らを『バニル』と名乗った。


「バニル……? 聞いたこと無い名前ですね。冒険者の人ですか?」

「るりりんが知らないなら、俺も知らないな」


 しかし、俺とるりりんはその名を聞いても特に思い当たる人物は浮かんでこない。そもそも俺にはこの世界に知り合いと呼べる人物はこいつら以外にはウィズしかいないので、このバニルがウィズの知り合いでもない限り俺達とバニルは全くの他人だろ。

 しかし、そんな俺とるりりんとは対照的にマリアとアプリの二人はバニルの名を聞いた瞬間に戦闘態勢をとっていた。


「マサヤ、何をしているの! 直ぐに剣を抜きなさい! コイツからはとんでもないくらいの悪魔の臭いがするわ! きっと、コイツがこのダンジョンのボスよ! ふふふ、これほどの悪魔ならきっと多額の賞金がかけられているはず……

 さっさと、殺して生活費の足しにしてやるわ!」


「マサヤ! マリアの言うとおりだ! コイツは王都では有名な魔王軍幹部の一人! 地獄の公爵、大悪魔バニル! くっそ、何でこんな見習い冒険者のダンジョンにこんな大物が……しかし、民を守る為なら私は引きはしないぞ!」


 え、魔王軍幹部? 大悪魔? 賞金? え、なにこれ? どういう状況?


「フハッハッハッハッハ! これは見事に嫌われえているな。流石は我輩である。

 しかし、この我輩を前にしていつまでその虚勢が保てるかな?」


 俺とるりりんが状況が飲み込めないまま固まっていると、短気なマリアが我慢できず襲い掛かってしまった。


 ピキューッン! ピキューッン!

ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン!

 ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン!

ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン

 ピキューッン! ピキューッン!

  ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン! 


 やべぇええ! 『直感』のスキルが今までに無いくらいの危険を俺に告げている! こ、これ絶対に勝てないだろ!

 びびって動けない俺はせめて隣で状況の理解が出来ていないるりりんが飛び出さないように、るりりんの手を強く握った。


「アクシズ教には『悪魔殺すべし』『魔王しばくべし』って掟があるのよおおおお! 死になさいごら! セイックリッド・エクソシズム!」


 そして、狂犬アークプリーストのマリアが退魔魔法を放ち、


「今回ばかりは、私も最初の一撃に全力を使うぞ! はぁあああああああああ!」


 後に飛び出したアプリが退魔魔法を受けてひるんだバニルの体を一刀両断した。


「う、うわおぁあああああああああああああああ! すげええ! やったぞマリア、アプリ! お前ら使えるのか正直微妙とか思ってたけど以外にやる時はやるのな!」

「マサヤ、アンタそんなこと思ってたの!」

「おい、マサヤ! 何で仲間に入ったばかりの私の評価がお前の中でそんなに低いんだ!」


「うぐ……」


『ッ!』


 体を真っ二つにされたバニルからうめき声が聞えると、いい争いをしていた俺達は息を呑んでうめくバニルの上半身を見た。


「ぐはっ……ふ、不意打ちとはいえ、この我輩を倒すとは…………み、見事だ、冒険者よ」


 そして、バニルは口元に柔らかな笑みを浮かべてその場に崩れ去ってしまった。


「や、やった! 私達、もしかしてあの悪魔を倒しちゃった! どどど、どうしよう! アプリさん、貴方あの悪魔を魔王軍幹部とか言っていたわよね! 幹部ならそれ相当の賞金があるはずよね!」

「あわわわわ……ままま、まさか、この私がままま、魔王軍幹部を……かかか、幹部を! ち、父上! わ、私はやりました!」


「マサヤ、マサヤ……なんだか分からないうちに戦闘が終ってしまったのですが私はどうしたらいいのでしょう?」


 思わぬ結果に喜ぶマリアとアプリ、戸惑うるりりんを見て俺は……


 ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン!

ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン

 ピキューッン! ピキューッン!

  ピキューッン! ピキューッン! ピキューッン! 


 ………………うん、これ絶対に――


 とりあえず、るりりんの手を握りながらマリアとアプリを生贄にしてその場から一歩一歩と離れ――



「ドカーン!」



「ウキャアアアアアアアアアアアア!」

「わぁあああああああああああああああああ」


 次の瞬間、バニルの体があった場所に巨大な爆発が起きて近くにいたマリアとアプリが吹っ飛ばされた。


「フハハハハハ! 我輩を倒せたと思ったか? 残念、死んだふりでした~」


 そして、仮面の下の土が盛り上がりバニルがやられる前の姿で完全復活した。


「む、ムキャアアアアアアアアア! こ、このクッソ悪魔ぁああああああ! 絶対に許さないんだから!」

「ぐ、ぐはぁ……き、騎士は……貴様みたいな外道を絶対に許さん!」


 爆発をまともに受けたはずのマリアとアプリはボロボロになりながらもその体を引きずるお越し恨み百パーセントの目でバニルを睨みつけた。


「フハッハッハッハ! これは上等に美味な悪感情! 美味である! 美味である!」


 しかし、バニルはそんな視線を受けてもびくともしなかった。むしろ、何故か喜んでいる。


「くっそ……うは」

「む、無念……」


 そして、マリアとアプリは気を失って倒れた。


「ふむ……気を失ってしまったか。少し、爆発の威力を強くしすぎたか? ほら」


 すると、バニルはマリアとアプリの二人に手をかざし次の瞬間、倒れたマリアとアプリの姿が一瞬で消えてしまった。


「お、おい! 二人を一体何処にやりやがった!」

「そうそう、熱くなるな。冒険者のリーダーよ。我輩はただ倒れた二人を地上の出口にテレポートさせただけである」


 出口にテレポートだと? ほ、本当か? だけど、疑っても確かめるすべはないし、そもそもこの状況をどうにかしないとヤバイよな……


「フハッハッハッハッハ! さぁ、虚勢を張っているが内心では、どうしよう……このまま土下座すれば最悪俺だけでも見逃してくれるかな? っと、思っている男よ! 貴様はどんな判断をとる!」


「ま、マサヤ! まさか私を見捨てるつもりなんですか!」

「ば、ばばばば、バッカ野郎! あああ、あんな奴の口車なんかに乗せられるんじゃねえよ! ウソだ! ウソ! あれは口からデマカセ言っているだけだ!」


 やや、ヤバイ……あの悪魔心まで読めるっていうのか? こ、これは……


「さあ、どうする残った冒険者よ! お前達の先の二人のように我輩に極上の悪感情をささげてくれるのであろうな!」

「マサヤ! 戦いましょう! いくら私達が駆け出しの冒険者だと言っても流石に魔王軍幹部を見逃す分けには--」




「ギブアップ!」



「「え」」



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