第8話 えりこさん

 台風の予報は出ていなかったがなんとなく天気が荒れそうな雰囲気を絵梨子は感じていた。絵梨子はプランターの掃除が終わった後、買い物に行った。今日の夕飯は自分で食べるだけなので簡単に済ませるつもりだった。切らしていた調味料や日持ちがする食べ物を買い足しておいて、あとは冷蔵庫にあるもので適当に作ろう。そんなことを考えながら帰ってきたのに、玄関には舞の靴が散らばって脱いであった。夕飯食べるのかな、と思いながら舞の姿を探して部屋に入る。

「舞、帰ってきてるの。卒論はどうしたの」

 絵梨子が呼びかけても返事がない。リビングには誰もいないし、舞の部屋も扉が開いたままだ。注意深く辺りを見渡すと、リビングの窓が開け放されているのが目に入った。この窓は絵梨子がプランターの作業をする間開けていたが、終わった後すぐ閉めて、鍵をかけた記憶もある。まさかと思いテラスに出て見るが、舞がそこにいた痕跡はなかった。真下を覗いても何もないし、隣人の部屋のテラスに移ったとも考えられない。絵梨子はまだ近くに舞がいるだろうと思い、玄関から外に出た。

 エレベーターがすぐ開いたので飛び乗って一階に下りる。数十秒のことなのにエレベーターが一階に到着するまでの時間を異常に長く感じた。扉が開き、エントランスの自動ドアを出ると、冷たい感触が足の裏を濡らした。あっと声を漏らし足元を見た。真っ白な何かが地面に敷き詰められていた。足が着く度にザクザクと音がした。いつの間にか雪が積もっていたのだ。

 絵梨子がそのことに驚いている暇はなかった。舞を探さなくては。何が起こっているのかわからないが、舞を見つければ全て解決すると思った。絵梨子は走り出した。つっかけサンダルでは雪の上を走るのは辛い。邪魔になったサンダルが脱げるに任せて、途中から絵梨子は裸足で走っていた。だんだんと足の裏が冷たさに慣れてきて、固く強くなり、しっかりと踏みしめることができるようになった。転んでも派手に頭をぶつけないように、絵梨子は少しずつ前屈みに走るようになっていった。

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