第2話 まちあわせ

 誰かに見られたいわけでもないのに、駅の階段を上がると何人もの人が壁や柱に背中を合わせて立っている。既に知り合いに出会えた人達は他にも待ち合わせている人がいるのかその場を動こうとせず輪になって話している。一人でいる人達は何度も自分のスマートフォンに目を落として適当にアプリを開いて、飽きるとまた目の前の景色に視線をやっている。階段とエスカレーターから引切り無しに上がってくる人達は待ち合わせている人のことなど目もくれず、ぐんぐんと進んでいき、スクランブル交差点の乱れた列の中に混じって消えてしまう。一定の間隔で赤になったり青になったりする信号のリズムにさえ乗れない人達が点滅している青いLED電灯も無視して小走りとも言えない遅い速度で必死に交差点を渡っている。そうかと思えば目を傷めるほどのブルーライトの強い光を瞬きで回避しながらスクロールする液晶画面には存在を主張したいのかしたくないのかわからない言葉の断片が指先の動きの早さに合わせて過ぎ去っていく。目当ての人の動向がわかる言葉が出てこないのを悟って、別の画面を開く。

《着きました。今どこですか》

 他人と目が合わないように人の目の高さの位置を避けて、目の前のファーストフード店の看板を眺めたりする。やったところで意味もないのだが、数分置きになんとなく足首を回してみたりする。退屈そうな顔をすると誰かに見られた時に負けたような気分になるので、必死に何も感じていない表情を作る。さすがにここで直立不動で本を読むわけにもいかないので、展開が気になっている小説には手を出さない。道行く人に待ち惚けを喰らっていると悟られないように何気ない風を装ってまたスマートフォンを見る。

《舞が出てくる夢を見ていたので遅れる》

 一瞬で意味を汲み取り文字入力画面を出して指を高速で弾いて送信ボタンをタッチする。

《まだ家にいるんですか》

 今度は時間を置かずに返事がくる。

《その通り》

《あと何分かかりますか》

《三十分もあれば》

 文字入力画面を反転させて大きなイラストが並んでいる画面を呼び出す。腹を立てている女の子のイラストを選ぶ。

《今日は一緒にご飯食べるって言ったじゃないですか。もう二時になっちゃいますよ》

と打ったと同時に向こうからも言葉が返ってくる。

《やらなやきゃいけないことをやり忘れていたのを思い出したのでさらに二十分くらいかかる》

 声に出している会話ではないので瞬時に返答しなくてもいいのだが、間髪入れずに責め立てたいので自分の指の動きもさらに早くなる。ほんの少しのタイプミスもじれったい。

《何ですかそれ。早く来てください》

 電波は画面の向こうの相手の焦りまでは伝えてくれないので、淡々とした言葉だけが光の速さで届く。

《あなたが帰ってきた方が早いんじゃない?》

 舞は何度もその一文を読み返して、気持ちを落ち着かせて何と送ろうか考えながら指を繰った。

《嫌ですよ。早く来てください》

 自分の発言が画面に反映されてから二分ほど空白があって、返事が表示された。

《じゃああと一時間後に》

 舞はスマートフォンを鞄の中に入れた。待ち合わせの相手と会えた人達を後目に階段を降りていく。駅の中にあるお店で時間を潰すことにした。空腹に耐えられない腹が鳴ったが店の呼び込みや電車の走る音に掻き消されて誰にも聞かれずに済んだ。

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