4話 友

1・だって、女だもん


 悪党なら天使の祝福と思っただろう。

 俺は善人だ。

 悪魔の誘惑でしかなかった。


 四日目の朝。

 環境の変化によって人の習慣が大きく変わるのを証明するように、完全夜型だったのが、あっさりと朝型になっている。

 夜9時にぐっすりと眠り、朝5時には自然と目が覚めるという規則正しさだ。快適すぎて二度寝する気にならない。平均睡眠が4時間という営業マンのときよりも非常に健康的だ。

 昨日、シャアナに、空凪のことを話したのが良かったのかもしれない。心に溜めてきて傷が癒されて、気分が楽になっていた。

 早朝の散歩なんて何年ぶりだろう。

 冷たい風が心地よく、どこからか鳥の鳴き声が聞えてくる。スーツの人たちが、競歩するように忙しく通り過ぎていく。

 ここ数日、なまっていた体に激しい負担をかけたので、体中が痛くなっていた。動くたびにあちこちの筋肉がズキズキとする。ゆっくりとしか歩けない。


 36123ギルス。


 この三日で稼いだ額だ。

 こんなに稼いだといえるが、これしか稼げていない、ともいえた。

 なにしろ、残り三日で8万ギルス近く、稼がなければならない。

 シャアナのお陰で、稼ぎが上がったとはいえ、二日で4万のペースは不可能に近い。


『サラダルス レベル8』

 220000ギルス。


 やっぱり、あいつを倒す以外に道はないのだろうか。

 今の俺たちなら、巨大なバイストだろうと、レベル8ぐらいなら倒すことができる。シャアナがあれを発見して、お宝を見つけたようになったのは分かる。

 だが高額だ。

 きっと何かあるはず……。


「ん?」


 何かがあった。

 公園の自販機の缶コーヒーを手に取り、飲もうとしたときに、奥の茂みに何かが落ちているのに気付いた。

 財布だ。

 茶色い革の折りたたみ財布入れ。

 拾ってみると、驚いたことに、ずっしりと重かった。

 俺は辺りを見回す。なんとなく、財布を拾った者がどんな反応をするのかを実験する、ドッキリ企画かと疑ったからだ。

 俺の周りにカメラが隠されているとは思えない。人の姿もない。いるとすれば、木の枝の鳥ぐらいだ。

 公園のトイレの個室の中に入った。追いかけてくる人はいない。足音もなかった。ホッと息をつくと、鼻が曲がりそうなほどの異臭が襲った。

 財布を開くと、キャッシュカード、ポイントや病院などの様々なカード、免許証、家族の写真などが入っている……。

 名前はヤマブキカツヤ。俺の父親ぐらいの年齢の男だ。

 スリにあったのではなく、ヤマブキさんがうっかり落とした物であるのは、金が抜き取られてないことから分かる。

 なにしろ、福沢諭吉の顔がはいった紙が8枚も入っているのだから……。

 8万円だ。

 こんな形であっさりと、10万円が入ってしまうとは……。

 俺の頭の中は、


「犯罪だ。交番に届けよう!」

「バレやしねぇから、盗んじゃおうぜ!」


 天使と悪魔が言い争いを始めてしまい、悪魔の方に傾きかけていた。



「どうしたんすかねぇ、イブキさん」

「恋煩いしたみたいに上の空よねぇ」

「えええっ、もしかしてうちに惚れたっスかっ! い、いやあ、気持ちは嬉しくても、ナビだし、妖精だし、第一、ちっちゃいから入るもの入らないっス!」

「ないない。可能性があるとしたら、超絶美少女の紅のシャアナに決まってるでしょ、ふっふーん」

「それこそ、ないないっス」


 喧しさに現実に戻った。

 転送機からエムストラーンへと行く途中のロビー。

 シャアナとの合流場所だ。ロビーは個人で部屋を作れるので、フレンド以外のイェーガーと会うことはない。待ち合わせ場所として便利だ。


「あれ、シャアナ、来てたのか?」


 珍しく今日は遅刻しなかった。


「10分ぐらい前からいたんですけど……」

「すまん。考え事をしていて気付かなかった」

「なにを考えていたっスか?」

「ちょっとな……」


 さすがに財布を拾ったとは言えない。

 シャアナというか佐竹ならば、


「やったじゃない! 落としたほうが悪いんだし、盗っちゃえ盗っちゃえ。で、ちょっとぐらい、わたしにもちょーだい」


 だろうし、セーラならば、


「ぜぇぇぇーーたいにダメっス!」


 と反対するだろう。

 さっきの天使と悪魔のように喧嘩しそうだったので、言わないが吉と判断した。


「ちょっと私情があってな。たいしたことじゃない。さてと、今日も稼ぎに行こうぜ。砂漠はキツいから、別の所がいいんだが……」

「ああ、それならば東のほうが良いんじゃないですか。ガイム草原なら無害な原獣も多いけど、バイストも結構いるんですよ。水が豊富だから、白骨の砂漠のように渇きに悩むことないし、お腹が空けば、魚を捕ったり、木の実を食べれば……じゅるり……そこのほうが……」

「そのまえに、あたし、リサーチしてきたんだ」


 シャアナが話の腰を折った。


「リサーチ?」

「復讐!」


 シャアナは指を向ける。もう片方の手は甲の部分を腰につけ、両足は大股となっている。このポーズはアニメ世界のシャアナがよくやっているのかもしれない。


「気持ちは嬉しいが、別にいいんだって。俺は、おまえに話したことで気が楽になっている」

「ダメダメ、イブキはよくても、この紅のシャアナは許さない!」

「関わりになりたくないんだ」

「だからこそ、尚更。浅田先輩、このままでいいんですか? 俺に喋ったからって、なんも解決になってない。傷は傷のままだ。自分だけ辛い目にあって、相手は甘い汁を吸ったままなんて、いいわけがない。先輩がかわいそうだ。なんとかすべき。いや、何とかする。俺が、なんとかする。先輩を解放するんだ」


 素の佐竹に戻っていた。

 佐竹は、復讐すると宣言をしたあと、俺から会社と上司の情報を聞くと、下準備をしてくると地球に戻ってしまった。夜になっても戻ってこなくて、俺は一人でお金を稼ぐことになった。


「俺、調べてきたんですよ。クソ野郎は、今も会社にいた。先輩のことなんて、なにも無かったように、のほほんとしてやがった。女のほうなんだけど……」

「空凪のことは言わないでくれ」

「でも……」

「頼む」


 裏切られたとはいえ、本気で好きになった女性だ。

 愛人を続けていようとも、続けていまいとも、幸福でも不幸でも、あいつのことは知りたくない。


「分かりました。ううん、分かったわ」


 シャアナは俺の気持ちを察して、口を閉ざすかわりに、優しく微笑んだ。


「女の顔するな。ドキッとしただろ」

「だって、女だもん」


 恥ずかしくなったのかもしれない。


「さーて、冒険、冒険!」


 シャアナは背中を向けて、「んーっ!」と大きく伸びをしながら、扉のある方に歩いて行った。

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