5・初勝利っスね。やったっス!
27歳のアラサーから、17、8ほどに若返っていた。
若き日の俺ではない。面影が全くない。
ツーブロックショートの髪をした、特徴といえる特徴がない、日本人の平均顔といえる無個性な顔だ。
良く見ると、ほくろが1つも付いていない。ツルツルだ。
背丈も175センチから、5センチばかり低くなった感じがする。
「今回はチュートリアルなんで、デフォの姿になっちゃいます、サーセンっス。次に来てくれたときに、どんな姿でも思いのままにカスタマイズできますよ」
「声は同じだな」
いつもの俺の声だ。
「年齢に合わせた声になるから、ちょっと若返るけど、イブキさんまだ若いからそれほど変化がないんすねぇ。もちろん、女性になった方は、女の声になるっス」
「さすがに不気味だもんな」
「それがいいと言う人も中にはいるんすけどね」
そういえば、と俺は服装を眺めてみる。
地球にいた時の、シャツにカーディガン、ジーンズという近所のスーパーで買った合計で5000円に満たない安物ではなかった。
真っ白い長袖のシャツに、ダークグリーンのベスト、紺色の長ズボンとロングブーツ、といったものだ。
無地であり、ボタン類は一切付いてない。
戦士とはいえ、鎧で身を固めてはいないし、長いマントも付いていない。そうであったらとっくに気付いていただろう。
ファンタジー系というには現代的な恰好だった。
軽装で身動きが取りやすい。
靴も俺のサイズに合わせてフィットしている。綿やポリエステルなどではなく、この世界の材質で出来ているのだろうか。縫い目を探すけど、どこにも見られない。頑丈で、良い素材を使ってあり、これを日本で揃えたら、5万円どころじゃなさそうだ。
異世界のほうが良い服を着れるというのは、なんとなく悔しくなってくる。
「この服もデフォなのか?」
「うちのコーデっス。エムストラーンには、ケータイ以外の持ち運び不可なんす。着ている服も例外じゃないんですねぇ。服がなきゃ、素っ裸で冒険することになるから、プレゼントする決まりとなってます。お気に召されたッスか?」
「ああ、気に入った」
地球に持って帰りたいぐらいだ。
「他の服がいいなら、街に行けば買えるっスよ。街の案内は次のお楽しみっス」
つまり、チュートリアル時の支給品以外は、すべて有料となるというわけか。
お金を稼げるとはいえ、こっちの世界でアイテムや装備品を買う必要がありそうだ。
「カスタマイズできると言ってたけど、人間以外にもなれるのか?」
「できないっス。ちきゅー人さんの範囲内となります。うちのように、小さくて空を飛ぶのは無理だけど、同じ顔になるのは可能っス」
「セーラとうり二つの、可愛い女の子にはなれるということだな」
「えへへ、可愛いって言ってくれて嬉しいっス、どもっス。イブキさんは、わたしそっくりになりたいっスか?」
「いや。浅田一吹のままでいい」
「それなら簡単にカスタマイズできますねぇ。自分の嫌な箇所があるんなら、整形してもいいっスよ」
「必要ない。まったく同じがいい」
「ありゃ、自分に自信ありっスか。普通、1つか2つコンプレックスがあるもんすけどねぇ」
「ないわけがない。こっちの世界で顔を変えたとしても、地球じゃいつもの俺なんだろ? 戻ったとき、自分の嫌な部分が気になってくる。だからそのまんまでいい」
「なるほど、そういう考えもあるんすねぇ。女の人でいえば、おっぱいおっきな人は小さく、小さい人はおっきくしたがるっもんっスよ。男の方は、姿はそのまんまでも、おちんちんだけおっきくしたがるっス」
「同じでいい」
「おお、自信ありっすか、ダンナ、やるねぇ。ちなみにデフォの姿は、平均サイズっス。それより大きいっスか? 小さいっスか?」
「おまえは見たいのか?」
俺はズボンを下ろそうとする。
「きゃーっ! なに晒すんスか、うち生まれたての乙女っスよ、やめてっスっ!」
両手で目を隠すけど、指の隙間から見ているというベタなことをやっていた。
「…………」
セーラは手を下ろした。
無言。
顔つきが真剣になっていた。
「……どうした?」
「しっ」
手の平を出して、喋るなと指示をする。
「イブキさん、戦闘の準備をお願いします」
なにかが来るらしい。
俺は、剣を構えた。セーラのように耳をすますけど、風の音と、遠くからの原獣の鳴き声がするぐらいだ。
なにも感じない。
チートというのに、敵を感知する能力はないのだろうか。
辺りを見ると、昼寝をしていたライナウスが起き上がって、いそいそと俺たちが逃げていた。
「バイラスビーストか?」
小声で俺は聞いた。
「ええ」とセーラは頷いた。「やつはイブキさんの、異物のにおいをかぎ付けたようです」
ッスを連発していた言葉遣いが変わって、真面目なものになっていた。
「下っ!」
叫ぶと同時に、
ガクン!
と地面が揺れた。
巨大地震が起きたように身体が大きく震える。ロングソードを落としそうになったので、しっかりと握りしめた。
いきなり。足元の岩が跳ね上がった。
ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!
鼓膜が破壊されそうな強烈な音。
俺は数メートル先まで高々と吹っ飛んだ。数十メートル先の地面に落下する。
足ではなく、肩で着地をした。
「大丈夫っ?」
「平気だ!」
痛みはなかった。クッションの上で倒れたかのように無傷だった。
剣もちゃんと手にしている。
「大丈夫じゃない! 上!」
真上に岩があった。重さとして50トンはありそうな大きなものだ。俺をぺしゃんこにするべく落ちてくる。
「危ない!」
頭ではよけろ!と信号を送っているも、身体のほうは動かなかった。
俺、しょっぱなで死ぬのか?
そんなことを考えながら、大きな岩の下敷きになった。
ゲームオーバー。
となるはずだが……。
平気だった。
ぺしゃんこにならなかった。逆に、岩のほうが真っ二つに割れて、粉々に崩れていった。
「やりましたっ!」
「レベル99じゃなきゃヤバかったな」
頭突きでの破壊だ。特になにかしたわけでもない。発泡スチロールにぶつかった程度の衝撃しかならなかった。
俺は剣を構えて、バケモノを見る。
真っ赤に染まる2つの目、大の大人を一飲みできそうな大きな口。
巨大だった。
地球でいうオオサンショウオが20メートルもの恐竜になったような姿をしている。
身体全体が黒いオーラのようなものを放っている。
「マジかよ……」
戦闘能力は俺のほうが圧倒しているだうけど、絵的にはヘビに睨まれたカエルだ。恐ろしくなってくる。
剣がガタガタといい、足に震えがやってきた。
奴は俺を睨み付けて、鼻息を荒くする。毒ガスのような激臭がやってくる。
バケモノの周りにある草花は、真っ黒に枯れ果てていた。奴が通った箇所は、自然が崩壊されるようだ。
「あれが、バイラスビースト。ユリーシャさまの光を闇に変えて、わたしたちの世界を死滅させようとする悪の化身です」
「どうすれば倒せる?」
「レベル99ですよ。イブキさんならやれます」
「そう、言われてもな」
足がすくんで動けなかった。剣を握っているのがやっとの状態だ。
バケモノは突進してきた。大きな口をあけ、俺を食べようとする。
「飛んで!」
言われたとおりにした。今度は足が動いてくれた。
俺はできる限りの力でジャンプした。
予想以上だった。重力を無視したように高くあがった。
バケモノは俺の足元を突っ走っていく。
ぱくり。
と食べたと思ったのだろう。
口の中になにもないものだから不思議がり、左右を見回している。奴の小さな尻尾が揺れていた。
背中を向けた無防備な状態だ。
「今です!」
「分かっている!」
バケモノに向かって突撃をした。
奴の肉体を突き刺す。
ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!
天に向かって、雄叫びをあげた。
登場時の勇ましさではなく、悲鳴のような甲高い叫びだ。
その声が少しずつ小さくなって、完全に止った。
ゆっくりと、大きな身体が倒れていった。
ドスン!
大きな音を立て、地面が軽く震えた。
ピク……ピク……ピ………。
バケモノはピクリともしなくなった。
「やっつけたのか?」
「初勝利っスね。やったっス! バンザーイ! バンザーイっス!」
セーラの口調が元に戻っていた。
「あ、突然襲ってきたから、やる余裕がなかったけど、ケータイカメラでバイラスビーストをチェックしてみるっス」
言われた通り、ケータイをバケモノに向けてみる。
『サラダルス レベル8』
と、ケータイに表示された。
マークはバイラスビーストを示す『赤』
そして8000ギルス。
という新たな文字が入っていた。
「これは?」
「賞金です。イブキさんは8000ギルス稼ぐことができたっス。おめでとうございます!」
「こいつで8000円か」
レベル1、1000円の計算なのだろうか。
チート状態だから余裕だったが、通常レベルの1の状態では、逆にやられてしまっていたはずだ。
「大型タイプであるとはいえ、レベルが低かったからねぇ、こんなもんっス」
サラダルスの死骸は泡だらけとなっていた。
シャボン玉のような丸くて透き通った無数の玉が、肉体を天国へと連れて行くかのように空へと上がっていっている。
「なんだ?」
「やっつけたから、消えるっスよ」
最後の透明な玉がふわりと上がって、弾かれたように消えていった。
先ほどまであった死骸は、跡形も無くなっている。
黒々としていた原っぱも、魔法にかかったように、生気を取り戻して元の状態に回復していく。
そして、なにも起こらなかったように、草原は緑一色の綺麗な絨毯を作っていた。草花の芳香は地球上と変わりない。
終わった――ということなのだろう。
ほっとすると同時に、実感がわかないでいた。なにせ一突きでやっつけてしまったのだ。
RPGでいうところの、
『イブキの攻撃。会心の一撃! 3000のダメージ。サラダルス倒した!』
だ。
やっつけた内に入るのかと、疑問を感じる。
「そういや、経験値ってどうなんだ?」
RPGで思い出した。
「あー、自身よりも弱いレベルを相手にするのは、イジメもいいとこじゃないっスか。0ポイントとなります。逆に、強い敵さんを倒したらレベルが上がる確立が高くなるっス」
「お金は?」
「そっちは変わらんすね」
この世界にどれだけのバイラスビーストが存在するのかは分からないけど、稼ぐには弱いモンスターを狩りまくるのが手っ取り早い気がした。
「おっと」
急に重力の負担がかかった。倒れそうになる。
「どうしました。腰が抜けたっスか?」
「身体が急に重くなった」
剣の重みを感じる。持てないわけではなかったが、振り回しにくかった。
「ああ。スロットの効果が切れたんですよ。イブキさんの潜在能力より高レベルの敵をやっつけたら、そうなっちゃいます。運良く高レベルが当たったときは、ザコをわんさと退治をするか、強いバイラスビースト一匹に絞ったほうがいいですねぇ」
「聞いてないぞ」
「ええ、だからこれが後で説明するといったことっス」
悪気なくセーラは言った。
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