3・レベル99! あなたチートですっ!
ボンっ! ボンっ!
ポップコーンが弾けるような小さな音がした。
何もない所で白い煙が二つ起きた。その中からぬいぐるみのような小さな物体が現われる。
「ハーイ! カルマとっ!」
「マルカでーすっ!」
「二人揃って……」
「「カルマカーズでーすっ!」」
人間が小さくなったようなセーラとは違って、丸い顔が胴体の半分ある、ご当地キャラのような姿をしていた。人間ぐらいのサイズなら、誰もが着ぐるみだと思うだろう。
頭にはリスの尻尾のような耳が左右に付いている。大きくて丸々とした目はチョコレートみたいだった。
顔や姿はまったく同じだけど、カルマはブルーに、マルカはピンク色の肌をしている。
そして、羽はなくても宙に浮いていた。この世界の生き物はみな空を飛べるのだろうか。
「ども。セーラっス、よろしくっス!」
セーラが二人に挨拶をする。
「おおっ! そのっスがウザいキャラは!」
「っスがウザいあなたはっ!」
「「セーラちゃん!」」
ハモっていた。
「新しい名前が出来たんだね!」
「「おめでとうっ! おめでとうっ! おめでとうっ! バンザーイっ!」」
「バイザーイっス!」
セーラも一緒になって両腕をあげて万歳をする。
「こいつらは?」
指をさして俺は聞いた。
「スロットっス」
セーラが言った。
「えぇーっ! お客さん。もしかしてレベル1?」
「だっさ、だっさ、超だっさ! 今時レベル1なんてありえなーい」
「ぶんなぐっていいか?」
握り拳を作って、セーラに聞いた。
「あはは、前振りってことで許して上げてください」
「ジャーン! そんなあなたに、このスロット!」
カルマとマルカの間に3リールのスロットマシンが現われた。
絵柄は777となっている。
「一日一回のスロットを回せば、レベル1のあなたが、もっと上のレベルになることが!」
「可能なのでーす!」
「最大レベル99!」
「外れなし! 絵柄が揃わず、残念レベルだろうと3は上がっちゃうよ!」
「イエーイ、スロットで一気に上がっちゃえ!」
「凶悪バイラスビーストをやっつけろ!」
「さあいくぜ!」
「スロットを回すかベイビーっ!」
「準備は!」
「「オッケーかーい!」」
興奮した表情で俺の顔の前にやってくる。
「えっと……」
たじろいでしまい、一歩下がった。
「やれやれ、お客さん、ノリが悪いねぇ」
「ここは、オッケーっ!てノってくれなきゃ、ダメじゃなーい」
二人は呆れていた。
「すまん」
こういう騒がしいタイプは苦手だ。
困って、セーラの方を見た。
「やっとけやっとけ。確実にレベルがあがるから、損することは絶対にないっス。エムストラーンに来たら、まずはスロットを回すのがお約束になるっス」
「拒否はできないんだな」
「できるけど、する人はいないなあ。外れなしだし、サービスだから、やっとくべきっス」
「上がったレベルの効果はずっと続くのか?」
「続かないっス。一日だけの限定っスね。あと、ちきゅーに戻っても効果が切れます。一日待たずに、エムストラーンに稼ぎに来ても無料スロットできないからご注意を。それとスロットは最後に回した効果が反映することになります。2回まわして、レベル6、レベル4となっても、イブキさんは10にはならず、レベルが4つ上がることになるっス」
「無料ってことは、二回目は有料か。幾らなんだ?」
「3000ギルスっス」
高い気がする。
「「よろしくおねがいしまーす!」」
つまり、この二人はこうやって商売しているということか。
一回目は無料ということだし、高レベルになる確立は、ソーシャルゲームのレアカードを当てるぐらいに低そうだ。
「ついでに言っておくけど、ステータスの運ってあるじゃないですか?」
「ああ」
ケータイを開いて確認してみると、俺の運は4になっている。
「あれは、スロットなどのギャンブルに当りやすくなる数字となります」
「つまり4の俺は……」
「あははは、実力でがんばってください」
スロットで高レベルは期待するなということだった。
「それじゃあ、スロットいっきまーす!」
「レッツゴーッ、ゴーッ、ゴッーッ!」
「なにが出るかな、なにが出るかな」
「楽しみ、楽しみっ!」
ガチャッとスイッチが入った。
ガララララララララララララ!
スロットマシンのリールが回った。
最初の絵柄は7でとまる。
「7だぁぁーーっ!」
「これはもしかするかもっ!」
次の絵柄も7。
「さらに7だああああああっ!」
「もしかしたあああああっ!」
「「凄い! 凄い! 凄い!」」
うるさい二人だった。
「最後は、最後はっ!」
「これは来るぞ、来るかもしれないぞ!」
「かまぁぁーーーん!」
7。
777の絵柄が並んだ。
「やったああああああああっ!」
「おめでとうございます!」
「レベル99! あなたチートですっ!」
カンカンカンカンカンカン!
二人はベルを両手を持って、耳が痛くなるほど盛大に鳴らしていった。
「おお、凄いっスね、おめでとうございます」
セーラは特に驚いた様子もなく拍手をする。
「ケータイ開いて、ステータスを見てみるっス」
言われたとおり、スマホの画面を見てみる。
ID 479371××
職業 :戦士(土)
レベル :99
HP :999
MP :0
攻撃力:255
防御力:255
魔法力:0
すばやさ:255
運:255
「へぇ」
数字が変わっていたので感心する。
「おや? 凄いことなのにぜんぜん驚きもしない」
「といわれても、実感がわかない」
ジャンプしても、パンチをしても、いつもの俺と同じ体力だ。
なにか変わった様子はない。
「そりゃ、そうだよ」
「ここはまだ、エムストラーンじゃないもん」
カルマとマルカはバカにしたように言った。
「どういうことだ?」
俺はセーラに聞いた。
「効果はエムストラーン内で起きるっス。ここは、ちきゅーさんとエムストラーンの中間地点なんですよ。特に名前ないけど、ちきゅー人さんはロビーって呼んでるる人多いです。フレンドさんいれば、ここで待ち合わせができますよ。行き先もロビーで選択するんだけど、最初はチュートリアルだから決まっているっス」
「いつになったら着くんだ?」
「もう着いてるっス」
セーラは壁の前に移動する。
「ジャーン!」
両腕を横に伸ばして、手をヒラヒラとさせると、壁の一部がスッと音もなく消えていった。
大体二メートルほどの高さの長方形で、玄関のドアぐらいのスペースだ。その部分だけ、ぼかしが入っていた背景が鮮明になっている。
その先は、緑色の絨毯のような草原が広がっていて、風によってなびいている。
真っ直ぐ進んだ先に岩が見えた。その上に光る何かがあった。
剣のようだ。
まるで祭壇のように突き刺さっている。
「サービスっス。武器なきゃ、倒せるモンも倒せないですからね。あそこのロングソードを取ったら冒険の始まりとなります。チュートリアルなんだし、レベルだって99の無敵状態だから、気構えることはないっス」
とはいえ、宇宙飛行士が世界で初めて月に一歩、足を着けるような心地だ。
深呼吸をする。ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いていく。それを落ち着くまで何度か繰り返した。それから、目を閉ざして、眼球の上のほうを指で軽く押して、数秒間ジッとする。
営業をやっていた時、緊張を少しでも和らげるためにしていた方法だ。嫌な奴だったが、これを教えてくれたことだけは感謝している。
「準備いいですか?」
目を開いたタイミングで、セーラが顔をのぞき込んで聞いてきた。
「平気だ」
どんな因果か、異世界へ来てしまったんだ。
未知の世界。何が待っているかは分からない。
だけど、金を稼げるとのことだ。信用は出来ない。俺は岡嶋二人の『クラインの壺』のような仮想世界に連れて行かれて、人体実験をさせられている状況なのかもしれない。
だけど……。
「なんっスか?」
ジッと見つめていたので、きょとんとしていた。
ミディアムのレイヤーカットの金髪が揺れている。
「なんでもない」
手の平サイズの小ささとはいえ、セーラのような美少女と一緒なんだ。
悪い気はしなかった。
ここがどんな世界であるとしても、覚悟を決めるとしよう。
「いってらっしゃーい!」
「いってらーっ!」
カルマとマルカは、ここに留まるようだ。二人に見送られながら、俺はエムストラーンの土を踏んだ。
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