無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる
@j-orisaka
第一巻 1話 まずはレッツゴー、チュートリアルっス!
1・貧乏暇なし、無職は暇あり
貧乏暇なし。
とはいうが、無職は暇ありである。
「浅田さん、今日こそ払ってもらいますから、ねっ!」
居留守は通用しなかった。
大家の大声と、ドンドンドン!とドアを叩く音が響き渡っている。
語尾に「ねっ!」と声をあげるから、女性なのにオカマっぽく聞えてしまう。小太りで胸はでっかくも、オッサン顔にその喋りなので、女装した男に良く間違えられている。
それでも、マッチ棒のような夫に、子供が2人いて、アパートを何棟か所有して家賃収入があるのだから、社会の勝ち組と言えるだろう。
問題は、俺のような、負け組であり、無職の、ろくでなしがが住んでいることだ。
「すまない大家さん。申し訳ない。これは本当の気持ちだ。俺だってできるなら払いたいんだ。でも、俺は無職なんだ。かれこれ一年間働いていない。貯金が尽きてしまったので、払いようがないんだ!」
なんて言い訳は通用しない。
「なら、働け!」
と一喝されることである。
つか、俺自身が脳内でツッコミを入れてしまった。
27歳。男。
健康体だ。成人式にインフルエンザになって以来、一度として病気になったことがない。
学生の時は、コンビニのバイト。塾講師をやって小学生相手に勉強を教えていた。
大学卒業後から一年前まで、教育系インターネットサービスの営業マンをやっていたものだけど……。
ショックなことがあって、辞めてしまった。
「浅田さん、いるのは分かっているんですから、ねっ!」
大家もしつこかった。いくら催促しても、払えないものは払えないのだ。
「いいですかっ? あけます、よっ!」
とはいえ相手は合い鍵を持っている。扉の向こうから、ジャラジャラと鍵を出す音がした。
開けられたら溜まったものじゃない。
払えない理由をあれこれ述べようとも、
「なら、働け!」
である。ぐうの音もでない正論だ。
俺は大家が叩いているドアの反対側にある窓を、ガララと音を立てないよう気をつけながらゆっくりと開けた。
アパートの二階。バルコニーを跨いで、上部にある棒にぶら下がってから、その手を離した。
俺は元サッカー部。リーマン時代は最低でも三万歩は歩いていた。
体力には自信あり。
グギっ!
サッカー部は十年前の話であり、仕事をしていたのは一年前。
今の俺は無職でひきこもり。
ブランクは大きかった。
着地のとき、体力の低下を証明するように左足を捻ってしまった。
「いっつーっ!」
あまりの痛みに俺は立てなくなった。
「ちょっと浅田さん、だいじょう、ぶ!」
窓から大家が顔をだしていた。とんずらする野郎への怒りよりも先に、怪我の心配をする辺り、人の良さを感じた。
のだが、申し訳ない。
金がないのだ。いくら優しい人でも、払えないとなれば、いつ般若へと変貌するか分からない。
「戻ってきなさい、ね!」
俺はびっこを引きながら、逃げていった。
無職は暇あるが、大家から逃げる忙しさはあるのだ。
※
ケータイを見ると、午後二時というゾンビならば干涸らびそうな時間帯だった。
夜行生活を送っている俺に、太陽の光は眩しすぎた。
金はなくとも、ジュースを買うお金ぐらいなら持っている。
俺は自販機の前に立って、130円を投入してコーラのボタンを押す。ガラッと飲み物が落ちていく音がして、下にある受取口から取り出した。
300メートル先にあるスーパーにいけば、100円以下で買えるのは分かっている。けれど、人間不信に陥っている俺は、レジに行って店員を通して購入するという行為に恐怖心を覚えてしまう。行動をとればなんてこないと分かっていようともだ。脳がネガティブな感情を爆発させてしまう。
誰しも簡単にできることだし、一年前なら当たり前にできた行動だ。なのに出来ない。それも日が経つにつれ、治るどころか、悪化していっている。
「なんだこれ?」
コーラの蓋を開けて、中の液体を飲んでいる時だ。
自販機のあるビルと隣のビルの路地裏に、ATMのような機械が置かれてあるのに気付いた。
どこの銀行かは書かれていない。ATMというより、物こそ綺麗だけど、昭和時代のアーケード機が捨てられてあるという感じだ。
『ようこそエムストラーンへ! お金稼ぐなら異世界にGO!』
ディスプレイに、大きく表示されていた。
『初心者大歓迎! 履歴も面接も年齢制限も一切ありません。ナビゲーションが優しくサポートしてくれます』
その下には、そう書かれてある。
アーケードゲーム機なのだろうか。だとしても100円を投入する場所は見つからない。それに電源が入っているようだけど、コンセントは見当たらなかった。
きょろきょろと防犯カメラを探してみるが、俺のことを監視するカメラは存在しなかった。
俺がいることを機械は察知したのか、
『行き方はとっても簡単! お手持ちのケータイを、「ここ」にかざすだけ』
ディスプレイの文字が変わった。
どうやら、ケータイ電話を「ここ」と矢印で表示されている、ICチップ読み取り口のようなイラストが表示された場所にかざせということらしい。
怪しかったが、俺のケータイはおサイフ機能は入っていない。
試しにかざしてみることにした。
機械から、ピッと音がした。
「え? あ、な、なんだっ!」
ディスプレイが大きな光を発した。眩しかった。腕で目元を隠しつつ、目をつぶってしまう。頭の中が光で真っ白になる。
光が静まったので、俺はおそるおそる目を開いていった。
世界が変わっていた。
さっきまであったはずの、左右のビルの汚れた壁や、路地の片隅にあったゴミを入れる青いバケツ、エアコンの室外機などが跡形もなく消えていた。
「…………」
驚きのあまり声を失った。
俺はエレベーターのような密室空間の中にいる。
大人が五人入るだけでいっぱいになりそうな狭い部屋だ。
壁の上半分は360度ぐるっと草原が映っている。緑の木が風に揺れて、空は鳥のようなのが飛んで、恐竜のような巨大な生き物いる。
動いているので、写真、絵でないのは確かだ。
ただ、ぼかしがかかっているので、視力の悪い人がメガネをかけていない世界のようになっている。
ハッキリと何があるかは分からない。
これが、実際の世界なのか、映像であるのかも分からない。
ガラスのような壁に手を触れてみると、ぬいぐみのような柔らさがあった。それに手がピリっとする。痛くはなく、心地よさの感じるものだ。
そういえば、と俺は不審に思って左足を動かした。
なんともなかった。普通に歩いて問題ないほどに、怪我の痛みが消えていた。
「ウェルカムっス! ちきゅー人さん、エムストラーンへようこそっ!」
そして俺の目の前に、15センチぐらいの羽を生やした少女が現われた。
少女は空を飛んでいて、羽の周りは鱗粉のような光でキラキラとさせている。
服装はなぜなのか、夏服のセーラー服だった。
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