門限
雨が降っていた。
俺と彼女の日常に雨は欠かせないのだろうかといつも思う。
そりゃたまには快晴の空の下で歩いてみたいとも思うよ。
いっつも傘差してばっかりのデートなんて淋しいじゃん。
相合い傘はまだ許してくれないし、ほんと照れ屋さんなんだから。
今日は初めて、俺の家に彼女を呼んだ。
言っておくが、まだ告白はしていない。でも、デートはしている。一緒に帰るのは許してくれている。
これって付き合ってるんじゃねーの?
これって俺のことをさ、好きってことじゃねーの?
これは確かめねば。
俺の家に着くと、彼女は玄関で動かなくなった。
どうやら、いや、間違いなく男の部屋に入るのは初めてみたいな表情だよな。
「どうぞ、上がってよ。」
「あの…私何も持ってきてないんですが…」
おいおい、この前完全に敬語はなくなったはずだろ?
またふりだしかよ。
「持ってきてないって何を?何かあったっけ?」
「菓子折りとか、その…」
いやいや、何処ぞのお嬢様だよ全く。
「そんなのいらないから、上がってよ。今日結構歩いたし、座りたいだろ。」
「…」
だんまりか。でもほんとに風邪とかひいたらやばいよな。さっきのゲリラ豪雨で服びちょびちょだし。
「とりあえず、上がって。」
俺は彼女の頭を優しく撫でてあげた。
彼女は少しだけこちらを見て、深く頷いてくれた。
濡れた髪が、何か良からぬ想像を脳裏に植え付けたので、俺は少しだけ自分を叱った。
貸したタオルで必死に髪の毛を拭きながら、俺がいつも座っているソファにちょこんと座る彼女。
彼女が帰ったら、その席を俺の匂いで埋めよう。同化させよう。
…いや、なんか気持ち悪いな、俺。
「雨、ほんとよく降るよな。山下って雨女?」
「曇り女…だと思う。」
お、敬語直ったかな。よしよし。
「俺が雨男か。ごめんな、いつも雨で。」
「雨…好きだから大丈夫…かも。」
俺は彼女の為に秘かに用意していた100%の林檎ジュースを取ろうとしていたが、その手で彼女に触れたいと衝動的に思ってしまった。
「あのさ、山下って門限ある家?」
ちなみに今日は親は出張でいないんですよ。
あ、小学校の時に離婚したから父親だけだけどね。
「ある。」
あんのか。やっぱお嬢様か。
「何時?」
彼女は腕時計を見て、少しだけ考えてからこう言った。
「今日は、門限なかったかも。」
可愛いな、ほんとに。
「じゃあ、ちょっとコンビニ行ってくるわ。」
「え、どうして?」
「朝御飯。買ってくる。前に食べたいって言ってたじゃん。あそこの苺のサンドイッチだっけ?あれ明日の朝御飯にしようぜ。」
「宮下君も苺にするの?」
「いや、俺は弁当。唐揚げ弁当だよ、安定の。」
「私も唐揚げ弁当がいい。」
「え、朝からがっつり食べれるの?」
「緊張すると思うから、きっとおなか空くと思うから。」
「ん?何に緊張するの?」
「夜一緒にいることに。」
俺は、今日は彼女を抱くことはしないでおこうと思った。
今日はただ彼女の寝顔を楽しみに、この夜を過ごそうと、秘かに決意をした。
恋は、相手のペースに合わせて、相手の呼吸に合わせてものなんだと、恥ずかしながらこの日初めて知ったんだ。
「サンドイッチも買おうぜ。糖分は大切だからな。」
「お弁当も糖分あるよ。」
そうだな。栄養過多だもんな。でもな、それだけじゃないんだ。
「甘いもの、好きだろ?」
甘いものを食べている彼女が見たい。
美味しい美味しいと、口を頬張らせる彼女が見たい。
それだけ望んでも、今夜は悪くないだろう。
「はい。」
彼女の咄嗟に出る敬語は、少し照れている時と、完全に心許してくれている時だということを、この時の俺はまだ知らなかったんだ。
恋って、訳分かんねえ。
でも、絶対止められねえな。
おれのくろかみがーる anringo @anringo092
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