第12話 かくれんぼ
悠真が外の自動販売機で買ってきた冷たいペットボトルを額に当てながら監視室に入ってきて、溜息をつきながら椅子に腰を下ろした。
「で、進展は」
際はボールペンの先で額をこつこつと突きながら答える。
「二体確保。レガシーとシバはいまだ逃走中」
「かくれんぼにしては難易度が高いな」
レガシーの居場所は受信機から発している電波でわかっていた。際はレガシーを一旦置いて居場所がわからない三体の捜索を優先した。脱走から二時間後に琉星がストリクトとフィートを確保し、地下室で面倒を見ている。シバがどこへ行ったか二体の人工知能は知らなかった。
「レガシーに保存されていた、自分でもよくわからないデータって何だと思う」
「『キワ』っていう女が出てくるんだろ。そしたらお前なんじゃないのか」
「でも、私、一度もレガシーに顔を見せたことない。名前だって教えてない」
「実験の準備をしている時、何度か人工知能を起動させただろ。その時のデータがレガシーの中に残ってたんじゃないか」
「データは全部消去した」
「壊れてたんだろ」
際は黙った。悠真はペットボトルを取って炭酸飲料をごくごく飲み込む。
「レガシーは外に出て何をするつもりだったんだろう」
際のピアスが投稿の通知をする。他研究科に所属する友人からだった。際を探している少女がいるとの報告だった。一緒に送られてきた写真に写っていたのはシバだった。
監視室に連れてこられたシバは際を一目見て抱きついた。
「あなたが『キワ』さんですね」
際は膝をついてシバの顔の高さに座った。人工皮膚が外の暑さで火照っている。際はシバを椅子に座らせて話を聞くことにした。悠真が際の隣に座る。
「レガシーが何をしようとしているのか知ってるの」
「今朝からずっと私にはレガシーが何をしようとしているのかわからなかった」
「様子がおかしかったってこと」
「最近、ずっとおかしかった」
「レガシーは外で何するって言ってた」
「探検するって言ってた。私は『キワ』さんを探すつもりで出てきたの」
際は悠真からペットボトルを取り上げ、柴犬の写真がプリントされたマグカップに中身を入れる。
「シバの名前の由来って、そのマグカップの柴犬のことじゃないよね」
悠真の質問に際は自分の手の中のマグカップに目を向けて笑った。
「正解よ。マリアっていう名前だったの。私が学部生の時に死んじゃって、その時にお気に入りの写真をマグカップにプリントしてもらったの。かわいいでしょ」
「シバの顔に似てると思った」
シバがマグカップをまじまじと見つめる。自分と似ているのか照合しているらしかった。
「もうわかってると思うけど、外の世界はあなたたちが知っている世界とは随分異なってる。この柴犬もあなたとは違う。今まで隠していてごめんね」
際は初めてシバの頭を生身の自分自身の手で撫でた。きっちり結った髪の感触が滑らかだった。シバが自分で髪を結えるようになったのは実験開始から七日目だった。それ以来、際はブルームーンを通してもシバの髪に触れていない。シバは上目遣いに際を見上げる。何をされているのか理解できなかったらしい。シバの視覚センサーが際の表情を詳細に分析していた。
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